ベルウッド
ベルウッド
クラシック音楽ファン:よい演奏会があると知れば遠征もいといません。オーディオシステムは、音楽そのものを楽しむのが本来というモットーのもとにコストパファーマンス重視で小ぶりな装置を目指します。正統オーデ…

マイルーム

メインシステム
メインシステム
持ち家(戸建) / リビング兼用 / オーディオルーム / 16畳~ / 防音なし / スクリーンなし / ~2ch
スピーカー:    PSD T4 Limited Special-ネットワークレス・マルチアンプ駆動 調音パネル:    Escart Ventoスクエア パワーアンプ:   金田式DCアンプ…
所有製品

レビュー/コメント

レビュー/コメントはありません

カレンダー

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

お気に入り製品

お気に入り製品はありません

日記

余白と余韻

このエントリーをはてなブックマークに追加
2015年09月09日

余白とは、音の休止部分。音楽のなかで音が鳴らされていない部分のこと。はっきりとした休止もあれば、一瞬の息継ぎ、「間(ま)」のようなものもある。

余韻とは、音が鳴り終わったあとの時間のこと。その時間を支配する空気感のようなものを指すこともある。余白と余韻は重なる部分もあるが、余韻は特に曲全体が終止したあとの空白を指すことが多い。

フライング拍手とかフライングブラヴォーをする輩は、この音楽の余白や余韻が理解できない。直接、音が出ていなくとも音楽にとって重要な構成要素なのだ。といってもまったく音が出ていないわけではない。ホール残響や楽器の共鳴やうなりが残っている。「間」には息継ぎに伴う気配や、気迫の名残り、あるいは次のトゥッティにかける裂帛の気迫のようなものが存在している。

フェルマータは、従来、音楽の終わりを示す記号だった。西洋音楽では、終止を長い保持音で締めくくる習慣があった。それが後に音を任意に伸ばすことに転用された。ピアノでは、曲が終わったように見えてもペダルを踏み続けていることが多い。鍵盤から手を離してもなおピアニストの演奏は続いている。そこを感じようとしないからフライングになる。

試聴会、オフ会などでは、この空白や余韻が再生できていない場面にしばしば出会う。解像度、SN比や過渡特性が十分でないと音の立ち下がり・収まりが悪く、微弱な音が再生できないからだ。逆に、まだトラックが終了していないのにブチンと切られてびっくりすることもある。そのひとにはそういう微弱な音が聞こえないのか、聴こうという関心がないのか、あるいはその両方なのかもしれない。そういうオーナーのシステムは大概が大ざっぱな音がする。迫力があるとかないとか、きれいな音がするとかこじんまりとしてるとか、そういうこととは無関係だ。いわんや盛大なハムノイズなど論外だろう。「ハムを気にするのは音楽を聞いてないからだ」「音楽を聞いていれば気にならない」などと言われて開いた口がふさがらなかったこともある。音楽はパーティや宴会ではない。

もちろんこういう余白や余韻とは無縁でもクリエイティブな音楽はいくらでもある。とはいえジャズだって演奏者の生々しい息づかいや気迫、あるいはインタープレイの呼吸や気配は大事な要素だろう。ましてやライブ録音であれば聴衆の気配、熱気、空気感というものだってとても大事だ。そういう微弱な音が演奏にマスクされずに再生できるかどうかにかかっている。立体感とは、音の充足されている部分と空白や余白とが同時に同じ音場から聞こえることなのだと思う。

こういうことはコンサートの体験など生の音に接していないと理解もできなければ身にもつかない。「生音と再生芸術は別もの」という卓見と、「『生音』と『再生音』とどっちが良い音か?」などという愚問との区別さえつかない輩さえいる。

余白と余韻は、オーディオ再生にとっても大事な目標のひとつだ。

次回の日記→

←前回の日記

レス一覧

  1. ベルウッドさん、小生は、余韻は耳て聴こえる以外の皮膚感覚も総動員して感じるものだと思います。
    オーディオでそれを再生するには、可聴帯域以外の高音域や低音域がいかに再生出来ているかも大切ですが、余韻を楽しむ心の余裕がないと忽ち単なる「無音」に成り下がってしまいますね。
    オーディオの例えでは理解できない場合もあると思いますが、例えば映画館でフィナーレを迎えた後に延々とキャストのテロップが流れる訳ですが、そこでサッサと席を立って出て行く人も居れば、余韻に浸ってなかなか席を立とうとしない人も居ます。
    余韻を楽しむ楽しまないの差はこのように楽しむ派の方はもう一方の楽しまない派のことが気になるのに、相手方は一向に気にもしないし相手方への配慮もないことでしょうか。

    by椀方 at2015-09-09 20:39

  2. 椀方さん

    >余韻は耳て聴こえる以外の皮膚感覚も総動員して感じるもの

    ほんとうにそうですね。以前、横浜のMさん宅で聴いたダブル2重連の強力ウーファーの超低域で空気感、気配感覚が一変するのを体験しました。あれは耳に聞こえるという範囲を超えた超低域の効果でまさに体感=皮膚感覚ですね。http://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20140816/43744/

    余白・余韻ということからは少し脱線しますが、やはり音楽というのは体感の要素は大きいですね。私のような小型SP派の痛いところは、そういう部屋の空気全体が動くようなものが体感できないところです。

    その点は、やっぱり大型のほうが有利です。マルチウェイということではなく、肝心なのは振動板の面積、それが駆動する空気のマスの大きさです。GermanPhysiksのDDDユニットは見かけ以上に振動板の面積が大きい。ESLの音の良さもそういうことなんだと思います。GermanのUNICORNはさらにバックロード的バスレフですから、振動板の面積は単純2倍、バスレフ気道で押している空気のマスが大きいからあのような低域と余韻の空気感が出るのだと思います。うらやましいなぁ。

    byベルウッド at2015-09-10 10:23

  3. ベルウッドさん、こんばんは。
    関東地方は、大雨や地震で大変だったと思いますが、ご無事でしょうか。

    ところで「余白と余韻」、大変参考になる良いお話ですね。
    最近、このサイトを見る機会が減っていて遅くなってしまいましたが、これには思わず反応しました。

    私も、オーケストラのトゥッティ後のウワ~ンというホールの鳴きや、オルガンが鳴り止む瞬間の空気の揺り戻しまで再現したくて四苦八苦しています。

    大型システムさえ導入すれば、それなりに雰囲気が出ると思っていましたが、最低域のエネルギーが強くなると部屋の天井や壁のほうが鳴ってしまい興醒めです。

    やはり、部屋の作りを良く考えて強度を確保しないと、これを上手く再生するのは難しそうです。

    byED at2015-09-12 22:56

  4. EDさん こんにちは。

    私の住んでいるところは荒川の近くですが、幸い水害とは無縁でした。荒川は秩父を水源とする入間川水系だからです。今回は栃木を水源とする利根川水系に雨が集中したので運命が分かれたのです。被災地の皆さんはほんとうにお気の毒です。40年前の多摩川決壊の記憶が甦り、いつまた同じような災害に見舞われるかもしれないと他人事のような気がしません。

    EDさんが、「余白と余韻」にとても関心がお強いことは、前回の電源やMCカートリッジのアースの記事でよくわかります。アースが気になるというのは「余白」を聴いておられるからですよね。私は、いま、電源系の防振対策に凝っています(笑)。

    大型システムの難しさは、「制動」の難しさだと思います。制動力の強いアンプは、スピーカーを介して壁などの共鳴振動までも制動します。インピーダンスの高い古典回路の真空管のシングルアンプというのは逆の方向に行ってしまいます。逆に、制動の強いアンプはくつろげないとか、音が堅いとか、響きがないとかネガティブな印象をもたれがちです。そこが悩ましいところです。

    部屋の鳴りというのはあくまでも床や壁などの固体伝達によるハウリングのようなものなので、そういう対策が必要なのだと思っています。

    byベルウッド at2015-09-13 09:57

  5. ベルウッドさん、こんばんは。

    大雨のほうは、入間川水系の被害は無かったそうで一安心ですが、利根川水系の被災地は大変なことになっていますね。

    被災された方が、一刻も早く普通の生活に戻れるよう願うばかりです。

    ところで、防振対策のアドバイス、ありがとうございます。
    ベルウッドさんのシステムのように、SPを宙吊り?することは難しいので、Philewebの皆さまの対策を参考にして、色々試して見たいと思います。

    byED at2015-09-13 20:53

レスを書く

レスを書くにはログインする必要があります
ログインする