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日記

メジューエワ ショパンの二つのソナタ

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2017年11月23日

この日は午前中にオーディオ仲間のMFさんをお訪ねして、とって返すように雨が降り出すなかを上野へと急ぎました。往路は赤羽駅からバスでしたが、復路は上野に向かうので日暮里・舎人ライナーに乗って西日暮里で乗り換えです。この路線は初めての乗車でしたが、なかなか快適で全面高架のモノレール。



正確には案内軌条式と呼ばれるセンターのガイドレール(案内軌条)に乗ってコンクリート面をゴムタイヤで走行する鉄道の一種。札幌の地下鉄を軽量な車両にして高架を走らせるといったらよいでしょうか。



とにかく眺めがよくて、首都高からとは違った眺望が展開して飽きることがありません。子供の頃に羽田空港まで開通したモノレールに乗ったときの興奮をちょっと思い出しました。



この日のメジューエワのリサイタルは、彼女の日本デビュー20周年を記念する3回シリーズの券をGRFさんからたまたま一枚だけお譲りいただいたもの。3回のなかでも、彼女が幼少時にまだ早いからと封印されていたのに家で隠れて弾いていたショパン。それだけに彼女の愛着の深さははかりしれないものがあるようで、透き通るような白い肌で清楚な白百合のような美しさをいまだに保つ彼女の全人格そのもののような、気持ちがぴったりと込められた素晴らしいショパンでした。

プログラムは、ショパンの2大ソナタを前後半にそれぞれに配した骨太のもの。そのソナタの前に、耳と気持ちを整えマズルカがいくつかと子守歌が置かれるというもの。たまたま、来年の海外旅行ではミラノで老ポリーニを聴く計画があって、その予習とばかりここのところショパンのソナタばかり聴いていましたので気合い十分の私でしたが、開演早々にマズルカに気持ちをすっかり持って行かれてしまいました。マズルカは曲数も多く、ほとんどショパンの全生涯にわたって作曲され、ショパンの日記帳とも称されますが、ほんとうに日々揺れ動く情感の細やかな色彩を映し出す感動的な演奏です。数が多いだけに、それぞれの個性が知識として定着していなかったので、たゆたうような哀感とも憂鬱とも、ふと浮かぶささやかな幸福感などに気持ちが翻弄されるようでした。

ショパンはポーランド出身の作曲家。私たちはそう教えられてきました。実際にポーランドの土の香り、独特のリズムとアクセントで聴かせるピアニストこそホンモノのショパン弾きというイメージも根強い。けれども、このメジューエワのマズルカにはむしろフランス・パリの詩的洗練の香りを強く感じます。その半生をパリで過ごしたショパンに半分流れるフランス貴族の血がそうさせるのか、あるいはメジューエワの体質がそうさせるのか。

メジューエワは紛うことなきロシア・ピアニズムの優等生。そのマズルカになぜスラブ的な土臭さではなくてフランスの洗練を感じるのでしょうか。彼女がどうやって日本を拠点に定めたのか、そして、この二十年の日本での生活はどうだったのか。ひと時代前なら、遠くシベリアを経て亡命してきた白系ロシア人の悲運でも当てはめ、ショパンの人生とも重ね合わせたいところですが、メジューエワの二十年にはそういう陰りはありません。ロシア宮廷や貴族に浸透したフランス文化の伏流が潜んでいるのか、あるいはさらに京都や金沢の洗練も加わったのでしょうか。そこには磨かれた感性と詩情と簡素な日々の情感の移ろいが匂い立ち、そのたびに心が揺さぶられるのです。

そういう気持ちを翻弄するようなところは後半の「子守歌」も同じ。短い4小節ほどの簡素なメロディを15回も繰り返す変奏曲を聴いていると気持ちが次第にほどけてきて、そういう揺らぎのなかで、日々の葛藤のなかで頑なになりがちな心の柔軟性が回復していき大ソナタを聴く準備が整えられていくような気分にさせられます。

第2番のソナタ。聴きどころはもちろん作曲上の核となったあの有名な「葬送行進曲」です。メジューエワは、背筋を伸ばし譜面台に広げた楽譜を一心に見つめたまま淡々とした姿勢と指遣いで弾き通しますが、人生の終焉の悲劇と命の重さ、望郷と憧憬にあふれた清らかな回顧と哀悼が聴き手の心に浸透していき胸を打ちます。素晴らしい演奏です。

休憩時にGRFさんとお会いし音はどうだったかと問われて、音量は十分だし最弱音までとても細やかに聞こえると、いつもながらのメジューエワのピアノへの驚きをお伝えしました。GRFさんは最前列に近い席だそうですが、私の席は中央通路よりも後方でかなりステージから遠い席です。このホールは、60年代初めに建設され残響も短くデッドなのでなかなか後方席までは音が重く冷えて届きにくいのですが、メジューエワのピアノのダイナミックスは十分すぎる音量と表現力でもってこの席まで届いてしまうのです。改めて彼女のピアニズムに感服させられてしまいます。

ピアノもNYスタインウェイの1925年製のビンテージ楽器で、その音色の豊穣さに圧倒される思いがします。



ピアノの筐体が唸るような重低音と激情的な音楽の高まりは、むしろ後半の第3番のほうが聴き応えがあります。そして甘美な中間部。ここでもメジューエワは決して大仰な動きは一切なく、多少とも大きく腕を上げるのはカデンツァ風の右手だけの経過句の部分で左手を口元へと持っていく時ぐらい。そういうなかでNYスタインウェイの流麗なまでの中高音が気持ちを込めて歌うのです。中間の2楽章では、命の奮い立つような活気と甘美な陶酔、安息と憂鬱が激しく交代するのはまさにショパンの世界。

劇的な高まりのフィナーレは壮麗なまでの大音響と激情的な運動量で、華奢にさえ見えるメジューエワからとは信じられないほどのヴィルティオーシティで、思わず我を忘れるほど。あっという間の終末でした。

やりきったという微笑みをたたえ何度も拍手に応えた後、少しはにかみの表情を浮かべながらひとつひとつ曲名を紹介し何と三曲もアンコールを弾いてくれました。いずれも短調で、しかも難曲のエチュードからでさえ、はんなりとした感謝の気持ちが伝わってくるのはどこか不思議でなりませんでした。






イリーナ・メジューエワ
日本デビュー20周年記念 ――3つのピアノリサイタル Vol. 2

ショパンの二つのソナタ

2017年11月18日 14:00
東京・上野  東京文化会館小ホール

 五つのマズルカ 嬰ハ短調 作品 6-2、イ短調 作品 17-4、変ロ短調 作品 24-4
         ホ短調  作品 41-2、変イ長調 作品 41-4
 ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品「葬送」

 子守歌 変ニ長調 作品 57
 ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品 58

(アンコール)
 マズルカ イ短調 作品 67-4
 エチュード 嬰ハ短調 作品 25-7
 マズルカ ハ短調 作品 30-1

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レス一覧

  1. メジューエワのリサイタル
    今年春のPAC小ホールでのリサイタルを聞き逃したのが今でも残念です。
    来年2月には、また東京文化会館小ホールで、リサイタルがあるようですね!
    出張と合えば行きたいです!!

    by椀方 at2017-11-23 20:03

  2. 椀方さん

    メジューエワはぜひ聴いておきたいピアニストですね。日本が拠点なのでついつい先送りしがちですが機会はいくらでもあるようでいて意外にないものです。

    来年2月はぜひ東京へ!ただ、私は(順調にチケットが入手できれば)その頃は海外で音楽三昧です。

    byベルウッド at2017-11-23 23:36