日記
パッヘルベルのカノン① (音場と定位はなぜ大事か その5)
2019年02月15日
最後に、私とヒジヤンさんの定点観測に長年使用している「カノン」について、いったいどのように聴いているのか、そのポイントをご紹介したいと思います。
まず、最初に申し上げておかねばならないことは、ディスクの違いです。

私たちがリファレンスに使っているCDは、オルフェウス室内管弦楽団の演奏で、レーベルはDG。ただし、それはあくまでもオリジナルの輸入海外盤。
実は、このアルバムには国内で再版された廉価盤、いわゆるベスト盤("the Best 1000")が出回っています。端的に申し上げて、この廉価盤は、大サービスでボーナストラックを詰め込んでいて、音質劣化は歴然としています。初期正規盤とは別物と考えて下さい。

そもそもカノンが入っているトラックが違っています。正規盤ではカノンは一番最初のトラックですが、大サービス廉価盤では6トラック目。もう6年以上も前になりますが、ヒジヤンさんと二人で聴き較べてその音質の違いに思わず二人で顔を合わせて苦笑してしまいました。
一般論として、明らかに国内廉価盤は避けるべきです。
再生音質をあれこれ云々するのであれば、こういうことは、初歩の初歩、大前提となります。CDだから、どんなものでも同じだ…というのでは、オーディオの追究は始まりません。手軽に音楽を愉しみたいというのならともかく、オーディオシステムの音質を云々するというのであれば、こういうソフトの音質の違いにも関心を持つべきです。海外盤がどうの、オリジナル盤がどうのとウンチクやコレクション自慢を奨励しているわけではありません。やはりプレスマスターやメーカーの工程など、ディスクの産まれ落ちによる音質の違いは歴然とあって、そのことにも関心を持ってもらいたいということなのです。ソフトはハードと同じくらい大事です。
ちなみに、ヒジヤンさんのCDは西ドイツ盤(ハノーファープレス)。私のCDは米国盤ですが、オルフェウス室内管弦楽団は、NYを拠点とする団体で、この録音も米国で収録されていますので、米国盤は立派な原産地盤ということになります。このCDについては、国内正規盤も音質的にはほぼ同等ですが、一般論としてヨーロッパ録音のものは日本国内プレスは音質が劣位にあるものが多く、できれば避けたいところです。
さて…
パッヘルベルのカノンとは、どんな曲なのでしょうか。
この曲の構造はとてもシンプルです。原曲は、3つのヴァイオリン独奏と通奏低音のために書かれています。その3つのヴァイオリンが追いかけるように同じ楽想を紡いでいく。それが「カノン」であり、つまり、「カエルの歌が聞こえてくるよ」の輪唱のようなものです。

先ず、チェンバロと低弦の通奏低音が2小節のコード進行を奏でます。これを執拗に28回繰り返す。これをオステナートと言います。これが曲全体の土台となります。そのうえに、第一ヴァイオリン、続いて第二ヴァイオリン、そして第三ヴァイオリンが順に2小節ずつ間隔をおいて追いかけるように同じ旋律をずらしながら積み重ねていきます。これがカノンです。

そういう曲の構造を視覚的によくわかるように表現された素敵なアニメーションがあります。Eテレの「名曲アルバム」の画像で、大西景太さんという音楽アニメ作家の天才的な動画です。それがYou-Tubeにありますので、ぜひご覧下さい。
この曲の音楽的な構造とか仕掛けについては、この動画をご覧になって、よくご理解いただけたと思います。見ていても楽しいですね。それでは、実際にどのように演奏されるのでしょうか。

これも、You-Tubeによい動画がありますので、こちらをご覧下さい。
可愛らしい三人のお嬢さんが、左から中央、そして右と追うようにヴァイオリンを積み重ねていく様子が素朴に見て取れると思います。ピアノが、通奏低音の役割を受け持っています。いろいろな編曲がありますが、このお嬢さんたちの演奏が原曲に忠実で素朴な形での演奏となっています。
なお、先にご紹介した「名曲アルバム」の動画では、ステレオ音声を聴くと、右から始まり、中央、左という順番に並んでいます。なぜか、逆に並んでいますのでご注意下さい。
さて、この三人のお嬢さんの演奏情景をそのままオルフェウス室内管弦楽団の演奏に引き写して下さい。
オルフェウス室内管では、1パートを1プルト、すなわち1台の譜面台で二人のヴァイオリニストが弾いています。3パートで3プルト、合計6人のヴァイオリニストが左、中、右と並んでいます。
そしてピアノの代わりに、チェンバロ、チェロ、コントラバスからなる通奏低音グループが中央右手に配置されています。最初の2小節には、中央やや右手にチェンバロがこちらを向いて弾き始めます。そのチェンバロのすぐ右前にチェロ、その後ろのチェンバロ右側にコントラバスがイメージできます。この3つの楽器は一体となって通奏低音を構成します。これがバス・オステナートというわけです。一番右のヴァイオリンと重なりますが、通奏低音は奥まったところで弾いていることになります。そういう情景を思い浮かべて下さい。
音場や音像定位のチェックには、先ず、こういう《情景》を思い描くことがとても大事です。ですから、どのような配置なのか不明な録音や、自分で情景が思い描くことができないディスクはチェックには使えません。
(続く)
レス一覧
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パッヘルベルのカノンなんか聞くと、音なんぞそんなに関係しないとか思いませんか、自分の頭の中で鳴っているので、メロデーに気を取られて音の悪さには気が付かないような気がします、でも比較等されると一目瞭然なのでしょうね、こんないい曲はめったに聞くものでないと思い、私の場合、大切にしてあり、落ち込んだ時ぐらいしか聞きません、Eテレの「名曲アルバム」の動画はすごいですね、いいものを見させていただきました。
bypyhon at2019-02-15 15:04
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pyhonさん
このCDの良さは、音楽がよく音質もよくて心地よいところです。
チェックしてみて、その結果がNGであってもあまり心が痛みません。良ければそれこそ聴きほれて自己満足の海に溺れてそのままCDを聴き通してしまうほど(笑)。寝入りを誘うアンチクライマックスのソフトですね。
だからオフ会などに持ち込んでも、オーナーを傷つけません。けっこう心地よく鳴ってくれる。こちらが何をチェックしているのか言わなければ、オーナーにも同席者にもこちらの意図はわかりませんからそれですませばよい。あるいは、心の中でNGであっても黙っていればよいわけです。「頼もう!頼もう!!」的な道場破りソフトみたいなところは素振りも見せないわけです(笑)。
それでいて、チェックポイントはものの見事にはっきりと違いが出ます。微妙な違いも、そのことをあらかじめ知っていれば、はっきりと結果に出てきます。
羊の皮を被ったチェック・ディスクと言う由縁です(爆)。
byベルウッド at2019-02-16 13:13
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こんにちは。
ベルウッドさんがいらした時に思いきって「クラシックをどうに聴いているのかポイントを教えて下さい」とお願いし、レクチャーを頂いた思い出深いソフトです。無知な自分にとって0が1になることは非常に大きいことでありまして、その節はありがとうございました。
ところで、西独盤と米盤は聴き比べると随分違うように思いますが・・
byにら at2019-02-16 13:45
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にらさん
>西独盤と米盤は聴き比べると随分違うように思いますが・・
え!?
実は、今回の記事を書くにあたっては、西独盤も買い込んでみたのですが、現下の事情で厳密に聴き比べていません。一度だけ聴いてみたところでは、同じと言い切ってよいと判断したのですが…(汗)。
ちょっとお時間をください。
byベルウッド at2019-02-16 15:33
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Nederburg@今年から北京在住です。
この曲は昔からのお気に入りの曲で、廉価版(見事に6曲目)を持っています。大して音は良くないのになぜ試聴版にしてらっしゃったのか、ずっと不思議でしたがやっと判りました。有難うございました、いい勉強になりました。
私にとって音の違いで一番驚いたのはアルゲリッチのバッハピアノ作品集。多分廉価版の物はアタックが甘く(悪い意味ではなく、とてもやさしい音がして別人みたい)、エソテリックのは普通の立ち上がりです・・・音場・定位とは話がずれましたね。失礼しました。
中国の教会でクリスマスのお祈りと楽器の演奏を聴いたことがあります。決して上手な演奏ではありませんでしたがバイオリンの響きがまさしく天上から響いてきて神々しい体験が出来ました。
教会にお通いの皆様は、こういう体験が幼いころから身についているんでしょうね。うらやましいことです。
byNederburg at2019-02-18 01:17
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Nederburgさん
コメントありがとうございます。
アルゲリッチのバッハは、1979年のアナログ録音です。ですからデジタル化の工程で音が違ってしまう要素が大きいのではないでしょうか。デジタルリマスターによってずいぶんと印象が変わってしまうようです。
私が愛聴してきたのは初出国内盤で、一時期はずぼらをしてCD化された廉価盤(西独輸入盤)で聴いていましたが、やや物足りない感じはありました。エソ盤というのは実際に聴いたことはありませんが、最近のリマスターは音のカドを強調する方向のような気がします。ここでのアルゲリッチはあまり感情をぶつけるような演奏ではないという感想を持っています。ジャケット写真で、彼女は珍しく微笑んでいるとさえ言われた録音です。アルゲリッチは耳のよいピアニストだと思います。録音がみんな良い。
北京といえば「北京バイオリン(和你在一起)」を思い出します。私が観たのはTVドラマのほうですが、とても切ないストーリーで、しかも、音楽家を目指すということはどういうことなのかという現実の一端も見せてくれるお話しでした。故郷の水郷地帯のシーンも素敵でした。
byベルウッド at2019-02-18 12:09
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ベルウッドさん
大作もいよいよ大詰めですね。シリーズのペースが速くて、追いつけなく、おそレス失礼します。
このDisc本当に何度も聴き合って来ましたね。幸田さんのカリヨンと共に、お互いに何かを変えるたびに聴かせあうお約束のDiscです。
思い返すと6年前でしたか。その時も、このDiscについての意見が合わずお互いのDiscを聴き合っていて音の違いに気づきましたね。そこで、もう一度聴きなおしてみました。手持の輸入盤と国内廉価盤です。
すると、もとの音源は同じでもプリント前のマスタリングの違いかと思いました。輸入盤を基準とすると、国内廉価盤は少しハイ上がりのマスタリングがされていますね。響きが豊かに聴こえます。大きく捉えると、実在感に勝る輸入盤と臨場感に勝る国内廉価盤と感じました。
ですが、ハイを上げるとこの曲のよさが失われてしまうようです。輪唱しながらハーモニーを生み出す様子(実在感)が出にくくなりますね。同じような現象が自宅のオーディオ・セッティングを変えると起こりますので、微妙なのだろうと思いました。
互いに論議しながら聴き合って来ましたので、この日記の内容は全て同意です。二人とも最初から上手く再生できていたわけではなく徐々に追い込んできたので、このような解説は他の方にもわかりやすくてよいですね。最初にベルウッドさんが楽譜を持ってこられて、楽譜からするとこうなのだが・・・と言われたときは、そこまでやるかと驚きました。
先日ヤマテツが来たときにも、このCDの話はよく出てくるけど何を言っているのかよくわからなかった。聴いてみてよくわかったと言っていました。その意味から、この日記のアニメーション動画も、YouTubeの動画もとてもわかり易くてよいですね。
次の日記で最後ですね。何をレスしようかと迷います(笑)
byヒジヤン at2019-02-19 00:11
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ヒジヤンさん
コメントありがとうございます。
最初は、互いの意見もずいぶんと違っていましたねぇ。とにかく交流のたびにかけてはいろいろ議論してきたので、すごく聴き込んでいますし、いろいろな発見があって互いの認識も進化してきましたね。
このCDは、おそらくアメリカ在住時代に買い求めたものですが、はっきりどこでどうして買ったのかも覚えていないほどほったらかしにしていました。だから定点観測ソフトとしてご提案いただいた時も、え?何で?という気持ちが強かったのです。たまたま持っていたCDだったということで、実際のところはヒジヤンさんに教えていただいたCDと言ってよいでしょう。
このCDの難しいところは、やっぱり、響きと定位というちょっと聴感上は矛盾するふたつの要素の両立なんだと思います。響きは、融合したほうがよくて分離はよくない。定位は、分離がよくて混淆はよくない。互いの座標軸がプラスとマイナスがひっくり返っているんですね。
この続きの最終回は、《響き》ということではなく、《ハーモニー感》という要素基軸を導入しました。ここがミソですね。ハーモニーが音場とか響き感を作るというわけです。「ハーモニー」と言っても、何だか漠然としていていったい何のこったいというのがツッコミどころかもしれません。
ハーモニーというのは、電気工学、あるいは音響工学的にも定義や原理がはっきりしません。でも、皆さんが倍音だとか、高調波とか言っている、その元の英語は、ハーモニー(harmonic)なんですね。つまりは、整数倍周波数の非線形性歪みがどうもこの響きの融合と不調和という聴感に結びついているのではないかというのが頭にあります。それは工学的にどうなんでしょう。ヒジヤンさんは、職業柄、専門的な関連知識もお有りでしょうから、コワイです(笑)。
byベルウッド at2019-02-19 11:00
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