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日記

「フィルハーモニーの風景」(岩城宏之 著)

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2021年02月19日

クラシックファンにとっては香ばしいエピソード満載の「読書がススムくん」的なおいしい本。あっという間に読めてしまい、読後にも思わずニンマリ。



岩城宏之さんは、1969年からN響の正指揮者を長く務めた。私のような戦後世代にとっては懐かしいというより…ありふれたお顔で、本書を読んでベルリン・フィルに毎年のように呼ばれていたと知って、そんなに偉い人だったのかと、今更ながらちょっと意外。

早くからウィーンに出て、ウィーン・フィルの舞台裏に精通していただけにスリリングなエピソードも多い。カラヤンとの喧嘩の場面などは抱腹絶倒。ベートーヴェン第7交響曲のアレグレット楽章を何としてでも遅く振りたいカラヤンにプローベでは死んだふりをして屈服したウィーン・フィルが、本番では一糸乱れずカラヤンの棒を無視したのだとか。

自身が指揮したときも、ちょっとしたソロ管楽器の揺らぎでほんの一瞬だけ、テンポがずれても整然とそれに合わせていくという体験をしたそうだ。それは自分の棒を無視された屈辱よりも、むしろ、何ともうれしい「音楽の至福の時」なのだとか。本人しか知り得ない事実の自白だとしか言いようがないお話し。そうした巨匠や名オーケストラにまつわる興味深い目撃証言が満載なのです。

オーケストラの裏方の名人というお話しも面白い。ウィーンの路地裏の靴屋さんが作るステージ靴、ベルリン・フィルの名番頭さんを始めステージマネージャーさんたちの、果ては、自らアルバイトとして密着取材した楽器運送会社の日常なども抱腹絶倒。



岩城さんは、ちょっと露悪的なところがあって、凡人・庶民の味方。高校でマリンバを始めたのがきっかけという遅咲き、音楽劣等生ぶりを隠さない。芸大悪ガキ仲間の山本直純さんと菜箸を削って指揮棒を作っていたというお話しにも昭和の香りがぷんぷん。

音楽専用ホールは、東京であってもオンリーワンという時代。隔世の感があります。

戦後第一世代の岩城さんの青春は日比谷公会堂。第二世代は東京文化会館、その次の世代はサントリーホールでしょうか。N響で言えば、日比谷と上野の間には、内幸町の旧NHKホールの時代があった。岩城さんによれば、「ホール」は今でもトップクラスの響きだろうとのこと。実は、私自身、子供の頃に、たった500席の「ホール」でN響を聴いていて、耳に心地よい響きの記憶が残っている。それが単なるノスタルジアではなかったことがわかってうれしかった。

オーケストラには本拠地が必要との「レジデンス・オーケストラ」の持論を展開し、日本の音楽界の現実を嘆いておられる。

世界的に活躍する一方で、国内ではむしろ中央よりも地方での活動に尽力された。もともと名古屋フィルの創設メンバーだったし、札幌交響楽団も育てあげ、アンサンブル金沢を創設するなど地方のクラシック音楽活動に貢献した。本書は1990年の刊行だが、以来、30年、日本のクラシックの興隆はまさに岩城さんが提唱し尽力された道筋そのもの。まさに有言実行、そういう時代を予言し実行した岩城さん。つくづく偉い音楽家だったんだなぁと思いました。
 
 
 
 
フィルハーモニーの風景
岩城 宏之
(岩波新書)

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