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日記

「フルトヴェングラー 悪魔の楽匠」(サム・H・白川 著)

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2021年02月20日

二十世紀最大の指揮者フルトヴェングラー。政治と音楽に翻弄された音楽家の音楽キャリアの足跡を詳細にかつ徹底的に取材した評伝。フルトヴェングラーについては多くのことが語られてきたが、本格的評伝の決定版とも言える本書が、評伝としては唯一の英語で書かれたものだという。



上下巻で計800頁を超える大部の著で、頁下段に脚注が置かれ、そこにもびっしりと引用文献など典拠や根拠などの注書きがびっしりと書き込まれている。

上巻は、彼の幼少期からナチとの確執が始まる30年代後半まで。考古学者を父に持つ彼は、幼少期から自然に強い関心を持ち、生まれつきの高い知能のために同じ年頃の子供とは親しく交わることができず自分が孤立していることに満足するような少年だったという。

下巻は、ナチ政権の壮絶な駆け引きの日々と戦後の非ナチ化審理など戦後も引き続いた試練と、つかの間の復活と最後の黄昏の日々を追う。最後の数章は、スタジオ録音と放送音源などのライブ記録の両面から彼が遺した演奏記録をたどる。

なかでも、ナチスの権力掌握後の葛藤の日々は詳細を究めていて読み応えがある。本文と脚注で触れられたおびたただしい数に上るユダヤ系文化人の庇護、脱出支援の事例は、彼がいかにナチに抵抗し続けたことを確信させる。彼はナチではない。しかし、一方で、そのことは外界から見れば、ナチ政権の権力者たちと密接な結びつきがあったからだとしか見えない。

ヒトラーに迎合するバイロイトを嫌ってアメリカに渡ったワグナーの孫娘フリーデリント・ワーグナーは、フルトヴェングラーとチューリヒで昼食をともにした時、自分はどうすべきかと尋ねる彼に「外国にいるのだから、帰りの切符を破り捨てればよい」と言い切る。ナチはフリーデリントの出奔をひた隠しに隠した。フルトヴェングラーが同じように早くに出国していればナチへの大きな打撃になったはずだ。結局、戦争末期にフルトヴェングラーはそうすることになるが、遅きに失した逃亡は保身でしかなかった。

トスカニーニは「第三帝国で指揮する者は誰でもナチスなのだ」と言い放つが、フルトヴェングラーは毅然として「音楽は(政治とは)異なる世界に属している」と応戦し、音楽は政治を超越していると論破した。しかし、音楽の超絶姓が逆に、音楽をいともたやすく政治的な脚色に染めてしまう。音楽は決して物的証拠を残さないが、だからこそ心証論で裁かれてしまう。理想論では口の立つフルトヴェングラーは、そういう社会の現実には疎かった。

アメリカの世評が、いかに歪められたものであったかということについても本書は詳細に論じている。特に、戦中、戦後を通じての「ニューヨーク・タイムズ」の悪意ある報道や評はまさに事実を歪めた政治色の強いもので、反フルトヴェングラーを画策した黒幕たちの動向も追う。

フルトヴェングラーは、いまだにベートーヴェンやヴァーグナーなどに限ったレパートリーの狭い指揮者だったと信じられているが、フランス音楽やチャイコフスキーやシベリウス、スクリャービン、ラフマニノフ、バルトークなど同時代の現代音楽も盛んに演奏会で取り上げている。新しい音楽を紹介することも演奏家の貴い義務のひとつと心得ていたからだ。ストラヴィンスキーの「春の祭典」も早くから何度か指揮しているし、ナチスから「ボルシェヴィキの音楽」と決めつけられてからも「妖精のくちづけ」を取り上げている。

遺された音源について具体的に取り上げていて、その筆致は、職業的音楽批評家とは違った冷徹なジャーナリストの視点があって興味深い。同時に、その醒めた目には音楽への熱を帯びる。

特に、スタジオ録音の代表である「トリスタンとイゾルデ」の経緯を追いながら、フルトヴェングラーが深く私淑したハインリッヒ・シェンカーの理論をいかにみごとに具現化しているかを指摘していることは特筆に値する。

一方で、戦後、長い時間をかけて徐々に発掘されてきたライブ音源の魅力をも詳述している。成長成熟、時代背景や様々な状況による解釈の微妙な違いこそ一期一会のライブの魅力なのだ。特に音楽的生命の短い歌手たちの互いに行き違うような好不調の指摘も詳細を究める。ベートヴェンの第九交響曲を、生涯で103回公演しているそうだが、同じ合唱楽章であっても、ベストセラーとなった「バイロイトの第九」の歓喜に満ちた祝典的な晴れ晴れとした表情と、戦中(1942年3月)の公演ライブにおけるレクイエム「怒りの日」に通じるような暗い予感に満ちた演奏との対比を強調しながら、それぞれが伝える感動を指摘している。

戦況が悪化し、立て続く空爆で演奏する会場すらもがれきと化すなかで、ナチへの抵抗をそれと知りながらも彼の演奏会に人々は殺到し、常に切符も売りきれ状態の盛況だったという。今の時代からは想像もつかないほど、当時のドイツ人にとって音楽は生命の切迫を忘れさせるほどの価値を持っていた。

そのことに私も素直に感動を覚えた。

フルトヴェングラーは、国土が灰燼に帰す間際に至るまで、そうした人々に寄り添い身を献げ尽くし、音楽の超然的価値を証明してみせた。しかし、彼はその自身の理想に裏切られ、背負った代償は大きかった。まさに彼は音楽芸術のプロメテウスだったということなのだろう。

著者は、そういうフルトヴェングラーに、他国、なかんずくアメリカの人々が無理解であることを嘆いている。







フルトヴェングラー 悪魔の楽匠〈上巻・下巻〉
(原題:The Devil's Music Master: The Controversial Life and Career of Wilhelm Furtwangler)
サム・H・白川 著
藤岡 啓介、斎藤 静代、加藤 功泰 訳
アルファベータ

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