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日記

「内沼映二が語る レコーディング・エンジニア史」(内沼映二著)

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2021年03月02日

内沼映二は、50年の長きにわたって日本の歌謡・ポップス界をリードしてきたレコーディング・エンジニアのレジェンド。ある時のオリコンのシングルチャートのトップ10のうち7曲が、内沼のミックス・ダウンだったという。

巻末には、氏が参画したシングルやアルバムなどのタイトルがぎっしり並んだ一覧がある。それを見ると、あれも、これもか…という驚きが懐かしさととともにこみ上げてくる。



先だってバズケロ邸にいたちょうさんが持ち込んで聴かせてもらった「圭子の夢は夜ひらく」も氏の手がけたものでした。あの音の良さにはぶっ飛びましたが、3Mの8チャンネル・テープ・レコーダーでの同時録音なんだとか。



石川さゆりの音源は、スタジオマスターサウンドCDやアナログ・ヴィニル盤でオーディオマニアにもてはやされているが、その石川が「何を伝えたいか、何を聴かせたいか」がわかるエンジニアだと、氏に全幅の信頼を寄せている。石川は、オケと一緒のテイクが「本物の歌」だと同時録音にこだわる。大所帯、大編成の同時録音ができないエンジニアが増えている昨今、ヘッドフォンで聴いただけで「ミュージシャンと会話できる音」が聞こえてくると、内沼への信頼は揺るがない。

アナログ時代から今日まで、さまざまなスタジオのモニタールームなどの写真や間取り、マイクやモニタースピーカー、コンソール、ミキサーやリバーブなどの使用機器の仕様、写真、図版など具体的な資料も多く、それらを眺めるのも楽しい。

録音やミックスのテクニックや、スタジオ音響などの考えかたなどは具体的で、オーディオ好きにとっても、参考になることも多い。

例えば、ストリングスはアナログ時代が良いと言う。デジタルで録るとヴァイオリンの三角波はそのままだけれど、アナログでは丸みのある膨らんだ三角形になるので、トゲのない聴きやすい音になるという。原音そのままが必ずしも「良い音」とは限らないというのは、クラシック音楽派の私にとっても実感がある。

初めての海外レコーディングは驚きだったと言う。スタジオミュージシャンとのセッションも楽しいものだったが、音のスピード感が違うことに驚いたという。湿度の違いによる楽器の乾いた音抜けの良さもさることながら、やはり電源電圧の違い(ほとんどのスタジオは220V駆動)が大きかったそうだ。

突き詰めたところ、好みは384KHz/32bitだとか。ここまで行くと世界が違う。音に開放感があって、アナログ盤より音に広がりがあるという。DSDも、クラシックやジャズのピアノトリオには向いているかもしれないが、あまりにも音が優しすぎてパワー感に不足するのでロック・ポップには向かないそうだ。

章のあいだにある「Technique Column」や、石川さゆりやスタジオ音響設計の豊島政美、ミュージシャンの角松敏生との対話も、とても面白く、音楽録音の奥深さを感じさせてくれる。




内沼映二が語る レコーディング・エンジニア史
スタジオと録音技術の進化50年史
内沼映二著
(株)ディスクユニオン


<目次>
まえがき 「アルチザンであり、アーティストでもあるエンジニア・内沼映二」志熊研三
序章 めまぐるしい環境の変化とともにあったエンジニア人生
第1章 歌謡曲の時代I(1962-1968)
第2章 歌謡曲の時代 II(1969-1974)
 Technique Column1:録りのテクニック
第3章 歌謡曲からニューミュージックへ(1975-1978)
 Technique Column2 : トラック・ダウン時におけるテクニック
第4章 ニューミュージックの時代(1979-1985)
 SPECIAL INTERVIEW 01 豊島政実(音響設計家)
 Technique Column3:マイクとマイク・アレンジについて
第5章 ニューミュージックからJ-POPへ(1986-1990)
 Technique Column4:レコーダーと録音テープについて
 Technique Column5:2トラック・テープ・レコーダーを使ったテクニック
第6章 J-POPの時代(1991-2000)
 SPECIAL INTERVIEW 02 石川さゆり
 Technique Column6:ドルビー/ノイズ・リダクションを使ったテクニック
第7章 オールマイティな時代(2001-2019)
 SPECIAL TALK 角松敏生×内沼映二
 Technique Column7:リヴァーブ・テクニック
第8章 未来へ(2020-)
 Technique Column8:現在のシステム
SPECIAL REPORT 『OMEGA TRIBE GROOVE』制作レポート
 SPECIAL COMMENTS 01 林哲司(作曲家)
 SPECIAL COMMENTS 02 船山基紀(編曲家)
 SPECIAL COMMENTS 03 三浦瑞生(ミキサーズラボ代表取締役社長)
あとがき 志熊研三

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レス一覧

  1. ベルウッドさん、こんばんは。

    早速、「圭子の夢は夜ひらく」聞きました。やはり良いですね。

    おっと、本の話しでした。ご紹介の本、読んでみます。
    Amazonでこの本を眺めていたら、他の商品紹介で「音職人・行方洋一の仕事」があり、こちらも興味深いですね。読んでみたくなりました。

    秋じゃないですが、しばらく読書が続きそうです。

    byいたちょう at2021-03-02 19:30

  2. このお方、結構メディアにも登場していますよね。
    当時はシングルレコード一枚作るのにも多くの大人が携わり、一曲のヒットだけで一時代を築き上げ、みんなそれぞれが飯が食べられて豊かだった時代。昔行きつけだったバーのマスターは、当時銀座のお店で毎晩ギターを弾いてるだけでマンションが買えたと。
    今やYouTubeやサブスクやらで音楽の敷居も下がり、確かに創造性も豊かになったかもしれませんが、何か空洞を感じてしまう今日この頃です。

    byにら at2021-03-02 20:27

  3. いたちょうさん

    行方洋一さんも好きなエンジニアです。第一家庭電器(制作・東芝)のテスト/デモ用LPに収録されていた欧陽菲菲や渚ゆう子の録音なんか観賞用として繰り返し聴いてました。

    さっそく読んでみます。

    byベルウッド at2021-03-03 00:24

  4. にらさん

    本書でも

    「…業界は常に活気で満ち溢れていました。当時はレコーディングに充てる予算がどこのレコード会社も潤沢にあり…どんな新人でもアルバムを作ると時のトータルの予算が1500万、有名アーティストなら数千万以上が当たり前の時代。すると僕らのエンジニア料も月でトータルすると数千万とかになる。…それゆえスタジオの稼働時間はうなぎ上りで経営的にも左団扇でした。」

    と語っています。

    ミュージシャンものんびりしていて、スタジオに来てから食事したりお茶を飲んだり、アレンジャーもスタジオに来てから打ち合わせを始めるということで、日がな一日スタジオを借り切っての仕事という調子でのんびりしていたようです。先日、観た映画「音響ハウス」でも坂本龍一なんか毎日のように入り浸ってたそうですからね。

    よい時代だったんですね。

    byベルウッド at2021-03-03 00:33

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