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日記

ストラヴィンスキー「夜鳴きうぐいす」・チャイコフスキー「イオランタ」(新国立劇場)

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2021年04月10日

楽しみにしていた新国立渾身の新制作オペラ2作品の同時上演。しかも、両作品ともに上演される機会が少ないレアなものだけに期待は大きかった。



チャイコフスキーとストラヴィンスキーは、同じロシアの作曲家だけれど時代も作風も違うが、この2作品の根底には不思議と符合するものが大きい。ともに童話を原作としたメルヘンであり、そこには「真実」あるいは「真性」ということについての深い寓意をこめています。

「夜鳴きうぐいす」は、機械仕掛けのうぐいすにうつつを抜かした皇帝が死に神に取り憑かれ、再来した真のうぐいすによって快癒するというお話し。「イオランタ」は、閉ざされた楽園で自分が盲目であることを知らされないままに育てられた王女が、その盲目という真実を知らされることによって真の恋愛感情に目覚め希望を得るというお話し。

コロナ禍の最中での上演は、制約が多く、大変なことだったと思います。いずれも1時間程度の作品ですが、音楽的にも演劇的にも決して規模は小さくなく多様で変化に富んだ内容。それにもかかわらず、その舞台は素晴らしい仕上がりでした。



なかでも特筆すべきは、舞台美術と衣装といったデザイン。

演出・美術・衣裳を一手に担ったのは、巨匠ヤニス・コッコス。やはり美術出身の方らしく、その本領は大胆で目を引く意匠面に現れていました。その奇抜さはストラヴィンスキーの音楽の持つ、いささか皮肉めいた視点を潜めた東洋趣味をよく体現していたと思います。



また美術と演出面とが巧みに組み合わされた舞台の仕掛けは、「イオランタ」の中央の半円形の遠景によって場面とイオランタの心象の転換を鮮やかに示していました。

歌手陣は、ほぼ日本人だけのキャストのなかで、夜鳴きうぐいす役の三宅理恵、イオランタ役の大隅智佳子の歌唱を筆頭にいずれも素晴らしいもの。ルネ王の妻屋秀和の堂々たる風格、などベテラン勢も健在。レアかつロシア語ともなれば、日本人若手の勉強熱心な実力が何の色眼鏡もなく客席に伝わります。感染対策のソーシャルディスタンスを吹き飛ばす、新国立合唱団の水際だった立ち回りもいつもながら見事でした。



一方で、せっかくの歌唱ながらイオランタ・大隅の演技振付など、やはり、コロナ禍の制約を痛感させられました。歌手同士の距離など演出が制約されるばかりなのに、演出家とのコミュニケーションを通じた演技の工夫もできなかったのでしょう。生まれつきの視覚障害者であることを知らされていない深窓の王女という物語の核心が伝わりません。大隅の歌唱が豊かで高揚感あふれるものだっただけに、侍女のマルタに寄り添われることもなく裸足でべたべたと歩きまわるだけの演技は、見ていてつらかった。こうしたことは「夜鳴きうぐいす」でも、そこかしこに感じられました。

さらに残念だったのは、ピットのオーケストラ。

ストラヴィンスキーの音楽は、作曲が中断されたこともあって、「火の鳥」以前から「春の祭典」以後にかけての作曲者特有のカメレオン的な様式の転換の鮮烈さがあります。一方のチャイコフスキーも、木管だけのアンサンブルやソロが活躍する簡素ながら大胆な響きの前半と、交響曲のような充実した響きの後半など、さながらチャイコフスキーの魅力のサンプル集。ところが、そういう期待に反して、全体を通して演奏が平板。物語の転換の鮮烈さに欠けるのも、多分に音楽と舞台の連携不足のせいなのかもしれません。

急な起用となった指揮者の高関健は、もちろんどちらの作品も初体験で「イオランタ」に至っては指名されるまで聴いたこともなかったそうです。東フィルの実力ということもあるかもしれないのですが、来日できなかったアンドリー・ユルケヴィチは、その東フィルを相手に「エウゲニー・オネーギン」を好演していただけに、指揮者の準備不足ということは否めないのだと思います。

それにしても、2作品の組み合わせということも、美術や衣装も見事で魅力あふれる独自の新制作プロダクションでした。コロナが終熄するのはいつのことかわかりませんが、いずれは一切の制約のない環境で、さらに成熟した上演を再び観てみたいと強く思いました。







新国立劇場
ストラヴィンスキー 「夜鳴きうぐいす」
チャイコフスキー 「イオランタ」
2021年4月6日 14:00
東京・初台 新国立劇場 オペラハウス
(1階6列25番)

出演 
「夜鳴きうぐいす」
夜鳴きうぐいす:三宅理恵
料理人:針生美智子
漁師:伊藤達人
中国の皇帝:吉川健一
侍従:ヴィタリ・ユシュマノフ
僧侶:志村文彦
死神:山下牧子
三人の日本の使者たち:高橋正尚/濱松孝行/青地英幸


「イオランタ」
ルネ:妻屋秀和
ロベルト:井上大聞
ヴォデモン伯爵:内山信吾
エブン=ハキア:ヴィタリ・ユシュマノフ
アルメリック:村上公太
ベルトラン:大塚博章
イオランタ:大隅智佳子
マルタ:山下牧子
ブリギッタ:日比野幸
ラウラ:富岡明子


合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

指 揮:高関 健

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  1. ベルウッドさん、こんばんは。

    日本でオペラ観賞に行く方の顔が浮かびませんが、日記に書かれていることからすると、ずいぶんと攻めたプログラムですね。私は両方ともに聴いたことがありませんが、日記にある筋立ては興味深いです。

    やっと、ヤンソンスが届きました。とても良かったですが、今はアンプが1台旅に出ていて、ステレオです。多用なご意見はあると思いますが、やはりサラウンドかと。特にあのワルツは。あわせてメシアンの四重奏曲のSACDを入手しました。PSD T4で今度聴かせてください。

    byベルイマン at2021-04-10 22:04

  2. ベルイマンさん

    「夜鳴きうぐいす」は、自分の思いに従おうとしない生きたウグイスを疎んじ、機械仕掛けウグイスにうつつを抜かす皇帝のお話し。

    「イオランタ」は、気づかうあまりに真実を覆い隠そうとする周囲のせいで自分が盲目であることを知らずに育つ王女のお話し。

    何だか、いずれもオーディオの世界にありそうな話しの流れで、ちょっと身につまされてぞっとしますね。オペラでは、いずれも「真実」「真性」に目覚めてハッピーエンドですが…。

    「夜鳴きうぐいす」は、作曲者が新スタイルの2幕以降の部分を中心に交響詩「うぐいすの歌」にしています。私は、ブーレーズの旧盤(LP)とデュトワ盤(CD)を持っています。ブーレーズ新盤(クリーブランド管)もおすすめでしょう。

    「イオランタ」は、何と言ってもゲルギエフ盤(キーロフオペラ)でしょうね。

    メシアンの四重奏曲ですか?

    サラウンドで十七年ゼミの謎解きに挑むのも一興ですね。

    私は、何となく「世の終わり」を感じて黄昏れている今日この頃です。そんな私ですが、ぜひ、SACDをお持ちになってお出でください。

    byベルウッド at2021-04-11 10:42

  3. ベルウッドさん、こんにちは。

    本当に教養がありますよね。若い頃から自分の関心が向いたものだけ聴くという内に閉じた趣味にしていたものですから、私は音楽の教養は特に自信がありません。オペラの話は恐ろしいです。ストラヴィンスキの方などは、ホフマンとエドガーアランポーとかが好きな人は良いかもしれませんね。オーディオにも当て嵌まるのは間違いないですね。(爆)

    十七年ゼミとは、蝉ですか?鳥でなくて?メシアンに蝉の声を模した作品があるということですかね。すいません、オバQよりもクエスチョンでてます。(^^)

    byベルイマン at2021-04-11 17:14

  4. ベルイマンさん

    17年蝉は、「周期蝉」の一種。何年かに一度、大量に発生する蝉のことです。その周期が「素数」なんです。他に13年蝉もよく知られています。素数年周期の意味はいくつか説があるようですが、天敵となる捕食生物の周期となかなか重ならないという適応の結果という説が有力です。

    メシアンは、鳥マニアというだけでなく数学も好きで、その「素数」好きがよく知られています。

    「世の終わりのための四重奏」の第1楽章<水晶の典礼>では、各パートが回文的なリズムパターンや5音音階を繰り返し、そこに重ねてピアノが17音からなる音価パターンと29の和音群のパターンを繰り返していく。いずれも素数ですから、なかなか各パターンが重ならない…。

    つまり17年ゼミの原理というわけです。聴いていると(最初は何だかよくわからないのですけど)慣れていくうちに何だか不思議な感覚になるというわけです。

    byベルウッド at2021-04-11 23:32

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