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日記

ペーター・レーゼル フェアウェル・リサイタル

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2021年10月21日

ドイツ正統を伝えるピアニストとして希有な存在だったペーター・レーゼルの日本での最後の公演。

もともとレーゼルは知る人ぞ知るという存在でした。

東西分断の時代であっても、日本でも北米でもファンが多くいたのは、ドイツ・シャルプラッテン(クラシックは“エテルナ”レーベル)の数々の名盤があったから。しかし、ベルリンの壁が取り除かれたのもつかの間、東が西に飲み込まれたドイツ統一によって国の庇護を失った旧東ドイツの音楽家は冷遇され、次第に埋もれていってしまいます。

その彼を「再発見」したのが紀尾井シンフォニエッタ東京(現・紀尾井ホール室内管)のドイツ遠征でした。2005年ドレスデン音楽祭に招聘された紀尾井シンフォニエッタが共演したことがきっかけでした。2007年に懇請を受けて30年振りに来日が実現します。ドイツ正統の純粋な精神性を伝えるこんな素晴らしいピアニストがいたのかと音楽ファンを驚喜させたのです。



その記念すべきリサイタルのプログラムは、ハイドン、ベートーヴェン、そしてシューベルトの最後のピアノ・ソナタばかりを並べたものでした。このフェアウェル公演は、それをそっくりそのまま再演するというもの。

レーゼルの音楽は、誠実そのもの。決して表面的な華やかさや、ことさらに感情を煽りたてたり思わせぶりに振る舞うようなところは微塵もありません。演奏の姿勢も表情も常に冷静で淡々としたもの。ところが、一音一音はとても純粋で芯が強い。その音楽は、まるで石と白砂だけの枯山水の名園を観るようにとても抽象的です。それでいて、確固たる形と感情の色彩があり、なおかつ、幽玄のような宇宙の幻想があるのです。そのことは、この最後の夜も、少しも変わっていません。



第一曲のハイドンは、イギリス・ソナタと呼ばれる3つのソナタの一曲。1794年からのロンドン旅行の時に書かれたと言われていますが、渡英前にはすでに完成されていたという説もあるようです。宮廷楽長の職を解かれた直後のこと。いわば「定年退職後の自由」を満喫しているようなハイドンがまるでそこに居るかのよう。堂々としてベートーヴェンも想わせるところもあるし、ダイナミックスのコントラストも転調も、とても大胆。新しい楽器に触発されたとも、女流ピアニストのテレーゼ・ジェンセンの高い技巧に感じ入ってピアノ技法の限りを尽くしたとも言われます。レーゼルの演奏は、ハイドンのソナタがこんなにも自由闊達で充実した音の響きがあったのだと改めて気づかせるもので、職務の束縛を解かれた自由な解放感を彷彿とさせるようでした。

2曲目のベートーヴェンにも同じようなところがあります。

最後の3つのソナタのなかで、2楽章だけという最もシンプルな構成なのに演奏時間は約26分と最も長い。第一楽章は、ハ短調といういかにもベートーヴェンらしい激しい曲調に対して第二楽章は、ハ長調という無限の調和のような曲調と対照的。闘争に明け暮れた英雄の自己回顧のような第一楽章に対して、第二楽章は無限の未来に啓かれているような無心の境地。それは、実際に聴いていてとても長く感じました。退屈ということではなく、どこまでも続く終わりのない音楽を聴いているというような感覚。まるで日本庭園を回遊しているように、様々な角度から様々に変転していく風景を見ているように…。曲が終わったと気がつくと、すでに晴れ晴れとしたようなレーゼルが立っていました。

こうやってプログラムを見ると、面白いことに三人の巨匠の最後のピアノ・ソナタというのは、いずれも3曲の連作になっているのですね。

シューベルトのD960は、その中でも『最後の…』という死生観のようなことを強く感じさせる曲です。ところがレーゼルのこの夜の演奏は、むしろ、晴れやかな「卒業」というような印象です。第一楽章のあの意味深な低音のトリルも、とても親和的。穏和なテーマのメロディに対して、何かやり残したものがあるよと気づかせようとしているような響きがとても優しい。

そして、レーゼルの長く響く低音は、ここでも健在です。それは威圧的なものではなくて、基調が響くような教会で聴くオルガンの静かなペダル音のようなのですが、ここのトリルもそう。楽章は、テーマとこのトリルが一体になって解決するかのように終わります。終わりとか別れがあっても、次への希望とか新しいことを存分にやりたい…というような「卒業気分」は、続く楽章でも同じです。レーゼルはそういうことを淡々と紡いでいく。

これで15年に及ぶ来日公演は終わりかと思うと感無量。体力的な限界との理由だそうですが、この夜の演奏を聴く限りそんな体力的な衰えは感じさせません。どこにも力が入っていないような自然な姿勢で、響きに深みがあって遠くからでもよく映える燦然とした彫琢の音楽を紡ぐところは少しも変わっていません。

アンコールは3つも。最後に聴衆は総立ちのスタンディングオベーション。レーゼルさんは、それでも淡々とした表情を変えることなく、はにかんだような微笑を称えながら静かに拍手に応えていました。





ペーター・レーゼル フェアウェル・リサイタル
2021年10月13日(水) 19:00~
※2020年5月15日振替公演
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(2階右バルコニー席1列26番)

ハイドン:ソナタ第52番変ホ長調 Hob.XVI:52
ベートーヴェン:ソナタ第32番ハ短調 op. 111

シューベルト:ソナタ第21番変ロ長調(遺作)D960

(アンコール)
シューベルト:4つの即興曲D935  op.142より第2曲変イ長調
ベートーヴェン:6つのバガテルop.126より第1曲 ト長調
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第10番op.14-2より第2楽章

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  1. ベルウッドさん、おはようございます。

    私がペーター・レーゼルに関して知っていたのは日本人ピアニスト高橋望が師事していたことぐらいです。無料のSpotifyで今聴いていますが、端正な演奏ながらもしみじみ聴かせるという印象を受けました。ベートーヴェンの32番、シューベルトのD960を聴かれたとは羨ましいです。

    高橋望はバッハに傾倒しており、ゴルトベルクや平均律などを録音しており、また定期的に解説付きの演奏会を開催しています。この解説が結構面白くて何度か参加しているのですが、レーゼルのスタイルを引き継いでいってほしいと思います。

    高齢の演奏家にはいつか必ず最後の公演が訪れますね。私は10/19に久しぶりにサントリーホールでの内田光子を聴きましたが、あと何回彼女の素晴らしい演奏を聴くことができるのだろう、おそらくチャンスはそれほど多くは残っていないのかもしれません。

    by柳緑花紅 at2021-10-23 10:10

  2. ベルウッドさん、今晩は

    ベルウッドさんが何度も日記でレーゼルのことをとりあげられていたことを今日検索をかけてみて初めて知りました。。。私もまったく及ばずながら、シューベルトの鱒はエテルナ盤をわざわざ入手して聞いていますが、「どこにも力が入っていないような自然な姿勢で、響きに深みがあって遠くからでもよく映える燦然とした彫琢の音楽を紡ぐ」との評は、ホントにおっしゃる通りだな~と思いました。なんだか聞いているこちらも良い呼吸で音楽に向かい合える気さえしてきます。。。

    そんなレーゼルさんの生演奏が聞ける機会はこれが最後なのですね。こういう演奏会こそ足を運ぶべきなんでしょうね。。。

    ちょっと興味があって彼のハイドンのピアノソナタの音源を探してみたのですが見つかりませんでした。エテルナからピアノ協奏曲が出ているので、それを今日は鱒とかわるがわる聞いていました。幸せな時間が過ごせた気がします。こんな機会を与えてくださってとても感謝しています。ありがとうございました!

    byゲオルグ at2021-10-23 19:30

  3. 柳緑花紅さん

    レーゼルさんは、東西統一の混乱のなかでさしたる蓄えもないまま国家の後ろ盾を失って生活が困窮したそうです。ありとあらゆる肩書きを失いましたが唯一残されたのが「ドレスデン音楽アカデミー教授」という立場だったそうです。でも東ドイツの教師陣が「整理」されていくなかで、もともとは演奏活動が忙しかったレーゼルさんはそれさえ守るのも大変だったそうです。

    ドレスデン音楽大学での教職を無事に定年を迎えて退職しましたが、その後はむしろマスタークラスの依頼が増えたのだとか。それさえも断ることが多かったのは「中途半端な教え方はしたくない」という生真面目な性格。だからクラスを終えて控え室に戻ると、いつもぐったり疲労困憊していたそうです。

    そんなレーゼル「先生」に教わったピアニストはさほど多くはいないのではないでしょうか。高橋望さん、こんど聴いてみます。

    byベルウッド at2021-10-26 13:50

  4. ゲオルグさん

    コメントありがとうございます。

    確かに私もレーゼルさんのハイドンを聴くのはこれが初めてだったと思います。最初の来日の時にも弾いていたというのは意外でした。

    あらためてレーゼルさんのハイドンを聴いてみると、ちょっと自分のハイドン観が変えられてしまったような感じがします。ハイドンってエンターテイメント精神がとても濃くて、常に工夫に工夫を重ねていた作曲家。杓子定規で形式ばったな古典派の教祖みたいなひとでは決してなかった。そのことを、この最後のソナタ一曲でぽーんっと教えられたような気がします。なるほど、モーツァルトもベートーヴェンも、そしてシューベルトさえも深く尊敬したというのも納得です。

    私も、ハイドンの協奏曲さがして聴いてみます。

    byベルウッド at2021-10-26 14:01

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