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フォルテピアノは時代を超えて (川口成彦 フォルテピアノ)
いまショパンコンクールの日本人入賞者がクラシック音楽界の話題を席巻しているけれど、こちらは、ピリオド楽器によるショパンコンクールで栄えある第1回第2位を得た川口成彦のリサイタル。 ショパン国際ピリオド楽器コンクールとは、同じくショパン研究所の企画で2018年に第1回が開催され、9カ国から30名のピアニストが参加して競われた。ショパンコンクールでは、スタインウェイ、ヤマハ、カワイ、ファツィオリが提供する現代ピアノが公式ピアノとして使用されるのに対して、ピリオド楽器コンクールでは、エラール、プレイエル、ブロードウッドの3台のオリジナル楽器と、ブッフホルツとグラーフの2台の復元楽器で競われる。 実はこの日のコンサートは、2020年3月に予定されていましたが、コロナ感染対策のために延期が重なり、ようやく今回実現した。新人演奏家の紹介、登竜門ともいうべき「紀尾井・明日への扉」シリーズですが、川口はその間にすっかりフォルテピアノ演奏の第一人者としてその名が知れてしまい、もはやフレッシュ・アーティストとは言えないほど。 「フォルテピアノ」というのは、現代ピアノに対してピリオド楽器のピアノのことで、時代的には大バッハ晩年のジルバーマンの楽器あたりから、19世紀のエラールやプレイエルまで範囲はとても広い。ジルバーマン楽器は、とても繊細で素朴な印象がありますが、この日、川口が弾いた楽器はグレーバー/1820年製作。時代はもはやロマン派。ずっと洗練された音色と機能を持っています。かといってショパンやリストなどのヴィルトゥオーゾが活躍する時代のエラールやプレイエルとはずいぶんと違っていて、その独自の音色や機能にはとても新鮮な驚きを受けました。 二階右のバルコニーから見下ろすような位置から聴いたのですが、金属フレームは見えず、弦が細いせいなのか響板しか見えません。アクション部分が小さいせいか鍵盤の前面が低く、右からでも鍵盤上の手がよく見えます。現代ピアノのように弦が交叉していないシンプルな構造で、音がとてもピュアで曇りがない。低弦も思いのほかしっかり響き、低音・中音・高音の音色や響きの違いが、とても印象的。 これで聴く《レント・コン・グラン・エスプレッシォーネ》が素晴らしかった。 川口が弾いたショパンは、いずれも二十歳以前に書かれたもの。その頃弾いていた楽器は、このグレーバー・ピアノによく似ているのだとか。タッチの違いが鮮明で、アルペジオの和声がまるでビロードの絨毯のようで、その上に様々な情感を込めた高音が虹のように美しい色彩のグラデーションを描きます。《レント・コン・グラン…》冒頭の序奏の繰り返しの対比も強弱だけでなくタッチやペダルを積極的に活かして弾き分けています。 休憩時間には、ステージ上の楽器を見ようと人が群がります。スマホで写真を撮る人々もたくさんいました。このホールでは、開演中でさえなければ、開演前も休憩中も写真殺円は自由です。 後半のシューベルトが素晴らしかった。 同時代の楽器ということであっても、音楽家としての野心を含んだ若いショパンよりも、自分の表現を極めた晩年のシューベルトのほうが楽器の機能との一体感が強く成熟していると感じました。 この楽器には、ペダルが何と5本もついている。一番左と右は、現代ピアノと同じ。右がダンパーペダルで、左はいわゆるソフトペダルで踏み込むとアクションメカ全体が横にシフトしてハンマーが叩く弦の数が減る。その2本のペダルを現代楽器の演奏と同じように頻繁に踏んでいることは、目と耳が慣れてくると理解できます。 何とも不思議だったのは、中央の3つのペダル。 どうもこれらは、チェンバロのストップのように音色を変えるもの。ハンマーと弦の間に紙やフェルトなどが挿入されて「び~ん」と唸ったり、音がこもったり。さすがに、これらのペダルを踏み込むときは、一瞬、足元に視線が移り集中度を高めています。そういうペダル操作をタッチと合わせた巧みな使い分けで、音楽の効果を上げていく。そういう精妙な音色変化が、聴き慣れたはずの即興曲でもまるで真新しい曲を聴いたかのように多彩で表情豊かなものにするのです。それは実にロマンチックな夢想のひとときでした。 アンコールは、ラハナーという珍しい作曲家。実は、ショパンがワルシャワを離れ、ウィーンで自ら作曲した協奏曲でデビューした際にオーケストラ指揮者を務めたのだそうだ。ピリオドの演奏会には、そういうアカデミックなところがありますが、川口の演奏はとても表現的なもので、ちょっとフォルテピアノによるロマン派の魅力に取り憑かれてしまいそうです。 紀尾井 明日への扉27 川口成彦(フォルテピアノ) 2021年12月15日(水) 19:00 東京・四ッ谷 紀尾井ホール (2階 BR1列24番) 川口成彦(フォルテピアノ) 使用楽器:J. G. グレーバー(1820年 インスブルック) N. ブルクミュラー:狂詩曲ロ短調 op.13 ショパン:夜想曲第19番ホ短調 op.72-1 ショパン:夜想曲嬰ハ短調《レント・コン・グラン・エスプレッシォーネ》[初稿] ショパン:ピアノ・ソナタ第1番ハ短調 op.4 シューベルト:ハンガリーのメロディ ロ短調 D817 シューベルト:4つの即興曲 op.142, D935 (アンコール) フランツ・ラハナー:6つの小品集op.109から第6番アレグレット
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