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日記

「音楽嗜好症(ミュージコフィリア)」(オリヴァー サックス 著)

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2022年08月03日

音楽がわからないオーディオマニアは立体感覚が理解できていない…?


著者は、神経学・精神医学の研究者。開業医としても活動してきた。本書には、音楽知覚に関連する豊富な神経症の事例が紹介されている。

興味深かったのは、第11章「生きたステレオ装置――なせ耳は二つあるのか」。

片耳の聴覚を失ったイギリスの音楽評論家の体験が紹介されている。立体音響を失うと、音楽の豊かさや、感動を呼ぶ響きも失われてしまったという。

曰く、かりにも音楽好きな人なら、頭のなかに立体感のようなもの、面だけではなく量も表し、質感だけではなく被写界深度も感じさせる、そいういう立体感覚があるという。

音楽をきくときは必ず「建物」が聞こえている…その建物が「見える」というより、感覚中枢で感じるのだという。それが片耳の聴力を失って聞こえなくなった。かつて建物だったものが、ただの設計図になっている。…二次元の図面に胸を打たれたことはなく、もはや音楽に感情で反応することがなくなってしまったそうだ。

オーディオマニアと自称するひとには、まったく音楽のことを語らないひとが少なくない。そういうひとの再生はほとんど立体感に欠ける。どうやらそういう立体感覚に関心がないようなのだ。迫力だとか音量だとか低音だとかスピードだとか、ひたすら、音、音、音…。

とはいえ、音楽の立体感覚はトレーニングできる。

同じように片耳の聴力が低下してしまったという事例では、その患者は、片耳の聴力低下を補う方法を見つけたという。

コンサートホールで頭を少しだけ回す。

バイオリンのときは左、低音と打楽器のときは右、というように、その瞬間に演奏されている楽器を見るみたいな感じ。場面を視覚と聴覚で交互に分析し、二つの知覚器官のインプットを融合するというわけだ。

触覚も、視覚と同じように、音楽空間の感覚を再建するのに役立つのだとか。ステレオのサブウーファーで試したところ、「自分が聴いている音には触覚で感じられる物理的な性質があって、それがとてもよくわかった」という。

私が生音を聴くべしと言うのには、そういう五感を融合させて脳内知覚を磨くということにある。立体感覚を鍛えていないマニアは、薄っぺらでベタな設計図面みたいな再生音しか出せないシステムが不完全なものだということに気づけない。



詳しくは、こちらの読後感想日記をご覧ください。

https://bellwood-3524.blog.ss-blog.jp/2022-07-21




音楽嗜好症(ミュージコフィリア)
脳神経科医と音楽に憑かれた人々
オリヴァー サックス (著)
大田 直子 (訳)
早川書房

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レス一覧

  1. ベルウッドさん おはようございます。

    まさに耳が痛いお話で、気づかず軌道修正が遅れに遅れ
    曲がり真っ直ぐに進めてませんです。(笑)

    いつのもの間にかに新しいブログ発信されてたのですね、流石に
    動きが早いですね。こちらは終活方向に向かってます。

    by田舎のクラング at2022-08-03 07:11

  2. ベルウッドさん

    なるほど、そういえば建築物を「凝固した音楽」と表現した哲学者がいると聞いたことあります。奈良の薬師寺が「凍れる音楽」と呼ばれていたり。身近な例ではポップスやロックもベースが基礎工事みたいな存在ですよね。

    P.S
    素敵なホームページですね(^^)

    byにら at2022-08-03 07:12

  3. 追伸

    ブログでした(^_^;)

    byにら at2022-08-03 07:14

  4. 田舎のクラングさん

    ありがとうございます。

    私にはオーディオ再生における立体感というのは当たり前のことのように思えるのですが、なかなか話しが通じ合えないということも多いようです。当たり前とはいっても、その実現はやっぱり難しいですね。

    しばらく前からブログへの切り換えを進めています。こちらの終了を知って、ああ、やっぱりと思いました。コミュニケーションの手応えみたいなものとかリアルな交流への発展は、なかなかブログでは味わえません。寂しいですが受け入れるしかありません。

    byベルウッド at2022-08-03 12:25

  5. にらさん

    音楽と建築というのは、西洋人にとっては固く結びついているようですね。薬師寺東塔を「凍れる音楽」と言ったのはフェノロサでしたっけ。確かそう習った覚えがあります。

    「凍る」「凝固する」ということは、音楽には「動(モビリティ)」という本質も備えているということを示唆しているのでしょうね。このモビリティもけっこうオーディオ再生の課題のような気がします。

    ブログのほうへの住み替えを進めています。実は、他の思惑もあってホームページを目指していたのですが、シロウトひとりが構築すのは難しく挫折しました。1年ほど前から、割り切ってブログにしてコツコツと移住を進めてきました。そこへコミュニティの閉鎖の告知が降ってわいたというわけです。

    今後ともどうぞよろしくお付き合いください。

    byベルウッド at2022-08-03 12:33

  6. ベルウッドさん

    こんにちは。

    >音楽がわからないオーディオマニアは立体感覚が理解できていない…?
    よくわかります。私も理解できていない部類です。
    クラシックを聴く方でベルウッドさんのようにコンサートに行かれる方はこんな音、こんな広がりなどを体験しています。たぶん、奥行や立体感なども。ですのでそのような経験がインプットされている方はいかに自分のシステムで再現できるかをチャレンジされていると理解しています。

    私のように自作派は音楽というよりも作っていく過程に楽しみがあり、また出た音に満足しています。ですのでアプローチが違う。自作派は製作道楽だと思います。

    話はズレますが、前にNHK-FMの番組ではかま満男さんというMCの方が著名な作曲家に”一番歌の上手な歌手は誰ですか”という質問で”美空ひばりさん”と即答したことを覚えています。その理由は昔はスタジオ録音で一発どりで一度もNGを出さなかったそうです。美空ひばりさんが指揮者に好きなように演奏して、それに合わせて歌うからと。つまりこの歌をどう歌ってほしいかを理解して歌ったという話でした。思わずうなずいで今でも記憶しています。

    byマイペース at2022-08-04 10:18

  7. マイペースさん

    コメントありがとうございます。

    「日曜喫茶室」ですね。私もよく聴いていました。懐かしいです。

    フランク・シナトラにも同じようなエピソードがあったと聞いています。彼がスタジオに現れるととたんにバックミュージシャンたちの雰囲気が変わってしまう。そういうカリスマ性があった。

    彼は、60年代半ばに、時代が変わりイメチェンをはかる必要に迫られる。新しい音楽スタイル、特にリズムセクションを一新して新しい路線にチャレンジするのですが、スタジオでの最初のセッションの後でそれまで長年付き添ってきたピアニストを切ってしまう。新しいピアニストに座を譲るよう勧めるプロデューサーにあっさり同意して周囲を驚かせるのです。美空ひばりさんのキャリア半ばにもそういう場面があったような気がします。単なる合わせ上手ということではないのですね。

    話題は本文から逸れますが、現代のポップスは同時収録ではなくて、別録りを重ねていく手法がほとんどです。以前、映画「音響ハウス」を観て、その収録シーンの演奏や音質にとても感心して、出来上がったソフトを買って聴いてがく然としたことがあります。完成したものは全くつまらない出来映えでした。

    よいものを集めてもよい音楽になるとは限らないし、合成する過程や、マスタリングやプレスなど最後の最後でダメになってしまうということが少なくないのだと思いました。

    byベルウッド at2022-08-04 12:43

  8. ベルウッドさん

    そうです「日曜喫茶室」です。すばらしい記憶力ですね。
    あの番組は毎週楽しみでした。たしか指揮者の岩城宏之さんがカラヤンのすごさを素人にも分かるように説明されていました。日本に来るときにはコンサートマスターと数人しか来日しないがベルリンフィルの音になるとのこと。各地区の演奏者はカラヤンさんの指揮棒を食い入るようにみてどんなタイミングでどの音をだすのかが分かるとのことでした。たまにカラヤンさんの望んだ音でないとにき「君、風邪ぎみ?」と聞かれるそうです。もしうなずくと「今日の練習は終わろう」とのこと。凄すぎて理解できませんが(笑

    現代のポップス系は別録りですので、何か物足りないアルバムが多い気がします。ポップス系のコンサートでも感激するのは、たぶん演奏とボーカルの絶妙なタイミングやハーモニーが聴き手を感動させるのだと思います。

    byマイペース at2022-08-04 14:41

  9. ベルウッドさん

    非常に興味深い本をご紹介くださり、ありがとうございました。早速Amazonで検索し、ポチりました。ただ、購入しただけで「積ん読」になっている本が数多ありますので(汗)、老後の楽しみにとっておくとして(笑)、まずはベルウッドさんの解説で勉強させていただきます。

    二つ質問させてください。

    >触覚も、視覚と同じように、音楽空間の感覚を再建するのに役立つのだとか。ステレオのサブウーファーで試した

    とありますが、この片耳の聴力を失った方は、SWのコーンの動きを「触った」のでしょうか?それともSWが動かす室内の空気を肌感覚で「感じた」のでしょうか?SWに代表される、超低域再生の重要性を説く人は、後者のロジックを立てますね。もしそうだとすると、超低域再生は、「音楽空間の感覚を再建するのに役立つ」、逆に言えば、超低域再生ができていないシステムでは、立体的な音楽を楽しめない、ということになりますでしょうか?

    >音楽好きな人なら、頭のなかに立体感のようなもの、面だけではなく量も表し、質感だけではなく被写界深度も感じさせる

    この「被写界深度」というのは昔写真の研修を受けたときに習った用語ですが、この著者は、この「深度」の深さ、について何か言及しておられるでしょうか?つまり、被写界深度が<浅い>と遠近感が出る、<深い>と遠近法を知らない時代の日本絵画のように遠近すべてにピントが合ってしまい、のっぺりとした絵になると習いました。この概念をオーディオに応用すれば、多くのオーディオファイルの方が被写界深度の<深い>、つまり、すべての楽器音にピントの合った音を目指していると一般には思えるのですが、これは実は「のっぺりした音楽」再生になってしまうのではないかと考えることは可能でしょうか?私は最近、「これまで聴こえなかった<録音音楽>内の雑音が、システムのグレードアップ?で聴こえるようになった」というのは必ずしも喜ぶべき現象ではない(少なくとも、「音」は発見できても、「音楽」を素直に楽しめなくなります)のではないかと思っていて、しかし、多くのオーディオファイルの方が、このような被写界深度の<深い>再生音をありがたがっている気がして、つまりそれは「音」を聞いて「音楽」を聴かず、ではないかと。

    byAuro3D at2022-08-05 09:35

  10. マイペースさん

    あの番組は面白かったですね。はかま満緒さんの聞く力だったのでしょうか。急逝されてしまい閉店となってしまったのはほんとうに残念でした。

    ポップスは、まったく演奏者同士が音楽どころか顔を合わせることなく別録りをトラックダウンしていくことがほとんど。それでもアナログ時代は、モニターしながらの重ね録りでした。デジタルでは、タイミングだけを合わせてのコンポーネントのミックスダウン。デジタルミックスの編集加工で鮮度も落ちるようです。

    特に、ボーカルはモノラル録音なので余計に白々しい。歌手の歌唱力や音楽性がないと、ライブや同時演奏でのテイクは難しいですよね。

    byベルウッド at2022-08-07 17:37

  11. Auro3Dさん

    この本は、音楽の認知についての体系的実証的なものではないのですが、様々な神経症や脳認知症の実例が紹介されていて興味深いです。音楽認知が、人間の知的活動のなかでも言語などと並んで特別の位置づけとなっていることを雄弁に示唆しています。

    音楽によらず、オーディオの受容についても、機械の性能云々とはいっても測定的な評価以上に、聴く人間の脳内認知の経験知が大きく関わっている。音楽そのものについての経験知の低いオーディオ談義はいささか空しいということで考えさせられるものがあります。

    以下は、投げかけられた問いに対する、私なりの考えです。

    byベルウッド at2022-08-07 17:45

  12. 《超低域再生は立体再生に必須か?》

    本書が紹介しているのは、あらかじめ音楽の立体感覚を持っていた人が片耳の聴力に障害を生じたケースです。触覚といっても、振動板に触ったというはずはないですよね。音圧を肌で感じたり、胸腔や腹腔を共鳴させる感覚、骨振動などをすべて含めて「触覚」と言っているのだと思います。それが失った片耳の聴力を補完することで立体感を感じ取る能力の再建に成功したというのは驚くべき事例です。ただし、もともとそういう立体感覚を持っていないひとではそうはいかなかったはずです。

    健常者であれば、立体感を構築するにあたって超低音が必須ということはないと思います。

    ただし、ある知覚器官に障害があると他の知覚が異常なほどに発達することはよく知られています。

    脳認知を構成する様々な知覚にはそれぞれに立体感覚の潜在能力が備わっている。それを総合させてこそ立体感覚が成り立つ。同時にその知覚情報を相互に作用させて知的体験値が成熟するのです。人間の場合、その中核を成すのが視覚であることは間違いありません。

    私が特に注目したのは、“ステレオ”のサブウーファと言っている点です。映画音響のLFEとか、モノミックスのSWとは違うということです。そういう実態のない低音には立体情報はないと断言できます。

    byベルウッド at2022-08-07 18:08

  13. 《被写界深度》

    被写界深度(“Depth of Field(DOF)”)とは、写真撮影でフォーカスの合っている前後の範囲のことを言うわけです。

    原書でこの言葉を使っているのかは不明ですが、本書では素直に様々な音が前後距離にかかわらず明瞭に捉えられている、その範囲が広い(深い)と言っていることは間違いありません。当然に前後の相対的な立体感覚が深いということです。

    Auro3Dさんが違和感を持たれたのは、おそらくスチル写真の知識にとらわれておられるからでしょう。単眼のスチル写真の場合、被写界深度が高いパンフォーカスでは遠近感がわかりにくくなります。マラソンの実況中継のように後続選手がやたら近くに迫って見えてしまうようなことです。逆に注目の対象のみに焦点を合わせたボケ効果のほうが前後感や相対的な奥行きを感じさせる。

    しかし、双眼鏡でものを見る場合を思い浮かべてください。ここでは、単眼のスチル写真の上記のようなパンフォーカスとは違って前後の奥行き感、相対的距離感が知覚されます。ボケ表現ではかえって奥行きを失い平面的になってしまう。あるいは前後のものに焦点が合わないことにもどかしさを感じるでしょう。

    ステレオ再生はまさにこの双眼鏡のことになります。深度の乏しい双眼鏡の写像に満足する人は居ないでしょう。同じように立体感に乏しい録音再生は、ある楽音(例えばセンターボーカル)のみに焦点を合わせて、他の音はボケさせてごまかしているだけなので、音楽がわかっている人にはもどかしいのです。あるいはどれにも焦点を合わせて平面的に重ねてしまうことにも違和感を持ちます。

    もし、そちらの方が立体感があると感じさせたり、感じるというのは、もともとの音楽の立体感覚が欠如しているからです。立体音響なのにモノラルと同じに捉えている。ステレオとは左右のみのピンポン音響だと思っている。それは音楽情報に乏しい録音や再生であると言わざるを得ない。それで平気でいられるのは、聴き手の音楽感覚が貧しいと言わざるをえない。そのように、私は考えています。

    byベルウッド at2022-08-07 18:44

  14. ベルウッドさん

    長々と丁寧にありがとうございました。こういう「頭の体操」は<感覚派>の方は嫌うと思うんですが(汗)、私は面白がるタイプなので、お付き合いいただきありがたく思っております(笑)。

    さて、《超低域再生は立体再生に必須か?》ですが、最近これが実は私も気になっていてタイムリーな記事でしたので、お尋ねしたわけです。気になったきっかけは、一つは自分がちょうどSWを強化しようとしていたところだったことと、もう一つは、いわゆる「ハイエンド」と言って差し支えないSPをお持ちの方々のお宅を、5軒ほど立て続けに訪問する機会を得たことです。

    ソナスやWilsonなどのハイエンドと呼ばれる超巨大SPは、例外なく、大型のスピーカーユニットが付いているのですが、それがいくつかのスピーカーシステムではフロントでは無く、横とか後ろについていて、クロスオーバー周波数も80Hzとか50Hzだということを知ったのです。つまり、これは事実上のSub Wooferを内蔵しているのです。ベルウッドさんがSW懐疑派であることは良く知られていますが(笑)、それは恐らくAdd-onで使う場合に対してであって、このようにちゃんとネットワークでつないである、一体型の4Wayスピーカーなども否定しておられるわけではないと理解しています。

    で、5軒のハイエンドシステムは、使っている機器やセッティング、またお部屋そのものの違いにより程度の差こそあれ、<立体再生>に成功していました。それゆえ、帰納的に、私は超低域再生能力が立体再生と因果関係にあるのでは、とふと思った次第です。

    《被写界深度》の議論については、これも最近気になっている現象があるのです。それはSWをグレードアップしたら、それまで気がつかなった、チェロ奏者が床を踏み鳴らしている音とか、ピアノのペダルを踏む音とか、指揮者のハミングとか、バイオリン奏者の呼吸音などが聴こえるようになってしまい、コンサートホールの客席では絶対に聴こえない類の、「音楽鑑賞」としては非常に不快なノイズが気になるようになったのです。これは「音楽」ではなく、「音」を聴いてしまうからで、つまり、「被写界深度」が深い=すべての音にピントが合ってしまう=解像度が高いから起きることで、オーディオとしてのシステムのクオリティが上がることが、果たしてよいこと<だらけ>なのだろうか、という素朴な疑問が湧いてきているのです。

    byAuro3D at2022-08-08 01:05

  15. Auro3Dさん

    仰るところの“Add-on”のSWではない、“超巨大SP”の大型ユニットまでをSWと呼ぶのはあまり論理的ではなく頭の体操にも混乱をきたす恐れが大だと思います。ましてやそうした“超巨大SP”の低音に触発されるのは良しとしても、そこから“Add-on”のSWに走るのは、極めて感覚的であって頭というより身体感覚的に過ぎると思います。

    私がここであえて本書の一部分をここで取り上げたのは、

    『かりにも音楽好きな人なら、頭のなかに立体感のようなもの、面だけではなく量も表し、質感だけではなく被写界深度も感じさせる、そいういう立体感覚がある』

    というところに共感を覚えたからです。

    そして私見として、

    「オーディオマニアと自称するひとには、まったく音楽のことを語らないひとが少なくない。そういうひとの再生はほとんど立体感に欠ける。どうやらそういう立体感覚に関心がないようなのだ。迫力だとか音量だとか低音だとかスピードだとか、ひたすら、音、音、音…。」

    と強調しているわけです。

    音楽の聞こえ方、音楽再生のあり様というより、低音だとかひたすら音にこだわるオーディオマニアは、立体再生への感性に乏しい。というのが私の見解です。

    《音楽鑑賞にとって非常に不快な音》はそれこそノイズであって、ノイズが聞こえるのは録音か再生システムに難があるからです。被写界深度とは別の問題です。

    かつて私はオーディオ初心者のころ、カートリッジを交換してみたらフルートのブレス音とか独奏バイオリン奏者の息づかいが聞こえるようになって、大喜びしていました。今ではさほど目立って聞こえません。高域の位相やピークによってこういった演奏ノイズが目立ったり、あるいは不快に聞こえることはよくあることです。逆に、これらが生々しく実在感をともなって聞こえるシステムもあるわけです。かつて指揮者がうなっていると思い込んでいたものが、実はチェロ首席のうなり声だったことに気づいたということもあります。可聴域両端にはシステムの欠点とまではいかなくともクセのようなものが種々現れるものです。それは立体感とはまた別の問題です。

    再び長々の返答、ご無礼つかまつりました。

    byベルウッド at2022-08-08 11:15

  16. ベルウッドさん

    再度お付き合いいただき、ありがとうございます。どうも私の書き方が舌足らずだったためか、誤解をさせてしまっているようなので、補足しますね。

    私が、例えば4Wayとかの巨大SPの30センチを超えるようなユニットを、「SWのような使い方」と喝破したのは、「AVプリを介したSWのような使い方」とちゃんと説明すべきでした。

    ご存知と思いますが、実は今伊豆で取り組んでいる最中なのですが(笑)、現代のAVプリには、Bass Managementといって、SWと他のスピーカーの間に「チャンデバ」のように介入する機能があります。例えば今私がやっている作業は、LCRのSonetto VIIIの本来の再生帯域をAVプリで絞り、40Hzまでしか再生しないようにしてみています。Slopeは―48dbを使っていますからかなり急峻に落ちています。そしてSWの設定を20-40Hzを受け持つように設定しました。これもスロープはいろいろ変えられますが、例えば同じ48dbで落としているとしましょう。

    Sonetto VIIIは、ウーファーが3つ付いていますが、受け持つ帯域は同じなので、つまり3Wayスピーカーです。これを今、私は「4Wayスピーカー」に<改造>しているわけです。これは例えば、恐れ多くも(笑)ソナスの最上位機のAidaとか、先日試聴させていただいた、Il Cremoneseなどと同じです。ちなみに、後者の本国のHPカタログには、Tw: H28 XTR-04 DAD Arrow Point, Ø 28 mm Md: M18 XTR-04 Neodymium Magnet System, Ø 180 mm W: 2 x W18XTR-12, Ø 180 mm Sw: 2 x W22XTR-16, Ø 220 mmと書かれていて、はっきりと「SW」(Sub Woofer)という表示がされていますので、ソナスの設計者は「SW付きスピーカー」という自覚があると思われます。

    私の駄耳では、こうして拙宅のSonetto VIIIを「4Way化」して超低音を強化すると、ベルウッドさんがご指摘になられた「立体感」が、たとえ2ch再生(もちろんSWが加わっています)でも増す、と感じられ、その因果関係のロジックに関心を持ったという次第です。

    つまり、《超低域再生は立体再生に必須か?》というテーゼに対し、私の答えは、ロジックは解明できていませんが(汗)、「YES」だということなんです。少なくとも、<必須>ではないかもしれませんが、立体感を<増感>させることは確かかと。

    byAuro3D at2022-08-08 14:33

  17. Auro3Dさん

    仰っている“Add-on”や“SW”の定義が何やら不明ではあるのですが、付加する際に帯域端をそれぞれカットしてクロスすることが、そうでない場合よりもはるかに良いことは確かだと思います。しかし、それが2chステレオの左右の信号をミックスさせるのであれば、それは私の認識としては“SW”だということになります。そうでない場合でも、付加される本体との位置関係はセッティング上は様々に試行錯誤が必要であり、それはそれで“SW”ということになるでしょう。

    こういう運用は、私の記憶ではグランドスラムさんがやっておられたと思います。あの超低音はほんとうに素晴らしかったです。上の帯域とのつながりもよく、スピードも申し分ない。超低域再生のお手本、目標といってもよいと思いました。ただし、それは映像ソフトのLFEのことであって、クラシック音楽ソフトでは音が出ていませんでした。もともとそういう音は入っていなかったのです。いずれにせよ、それはあくまでも「低音」のお話しであって、それで立体再生がよくなるということではありません。

    >ご存知と思いますが、実は今伊豆で取り組んでいる最中

    取り組みはあくまでも低域やパワーの強化であって、立体感の追求だとは承知していませんでした。私は、どこかに読み落としがあるのでしょうか。ここのところ、コミュを閲覧する頻度が極めて限られていたので見落としているのかもしれません。

    Auro3Dさんの仰るAdd-on SWによって3D再生が進化したという体験がおありになったのではあれば興味深いお話しです。そういったレポートをされておられたのであればぜひご教示ください。

    byベルウッド at2022-08-08 15:44

  18. 大変しつれいいたしました。

    byベルイマン at2022-08-10 03:51

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