minormeeting
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2011年、4年間の上海駐在を終えて東京に帰任。 東京の狭い部屋でLAT1と家族と同居。 2017年、10年ぶりに上海に赴任。 LAT1と逢瀬と一緒に暮らしています。 一生懸命に生きていれ…

マイルーム

LAT1 & 逢瀬の部屋
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借家(マンション) / 専用室 / オーディオ・シアター兼用ルーム / 16畳~ / 防音なし / スクリーンなし / ~2ch
二度目の上海。3LDKに一人暮らしです。 思い切ってリビングをオーディオ専用にしました。 上海の「音が見える部屋」まであと少し!? <現在のシステム 2021年3月~> …
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日記

Beethovenの夜 Finale

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2014年03月06日

ロンドン随一の格式を感じさせるブランド・ストリートであるBond StreetからGreen Park、バッキンガム宮殿、St. James Parkを散策。



この時期のロンドンは気持ちよく晴れることは少ないそうだが、それでも新緑は気持ちよい

ウェストミンスター寺院を通過して、テートブリテンでターナーの素晴らしい絵画を鑑賞してから、一度ホテルに帰る。

1時間半の仮眠を経て、ホテル近くのテートモダンでお気に入りの作品を眺めつつ精神性を高めた。

しっかり水を飲んでから、トイレによって、いざSouthbankのRoyal Festival Hallへ。



本日の全てのスケジュールは19時半の開演を心身ともに最高の状態で迎えるためにあったと言ってもよい。

8日間にも及ぶロンドン滞在の最終日、3つの異なるベートーベンのフィナーレでもある。

満席の会場で、果たして自分よりも気合いが入っている人がいるのか、そんな気持ちで開演を待った。

Cadogan Hallで隣に座った英国人マダムと話をしたときに、イギリス人がドイツの音楽が好きだというのは「正直意外だ」と言ったところ、「ベートーベンの音楽は別格、国とかそういうのは関係なくて、イギリス人はみんなベートーベンが好きよ」と言っていた。



そのベートーベンの最後の交響曲かつ最高傑作と言われる作品をいよいよ聞ける。

ロイヤルフェスティバルホールは、それまでのどの会場よりも大きかったが、大きなステージが楽器で埋め尽くされるとともに、背後に大合唱団が準備されており、演奏者もやる気満々である。

BBCもロイヤルフィルもどちらも名前は知っていたが、今回聴いた中ではロンドンフィルが最も有名だろう。

確かにUKで最も有名な楽団となると、女王様の楽団であるロンドンシンフォニー(首席指揮者はゲルギエフ)があるが、

より大きなRoyal Festival Hallを主会場とするのは、ロンドンフィルである。

指揮者は、ロシア系ドイツ人であるウラディーミル・ユロフスキ。

「ロシア×ドイツ」・・・期待できそうだ。


座席は、ステージ向かってやや左、前後方向でもやや後ろのS席。
ベストポジションではない。
会場が広いので音圧が低いのではないかと心配したが、杞憂であった。


満員の観客を前に、演奏が始まった。

前半はJulian Andersonという現代の作曲家による合唱曲である。ロンドン生まれでRoyal College of Musicを出たというから、バリバリのロンドン人。英国内では有名人だろう。
現代曲であるが比較的聴きやすく、ハーモニーの美しさが特徴的だった。

合唱団の声が想像以上に大きくて、歓喜の歌の迫力に期待が持てる。



ただし、ベストポジションだったCadogan Hallに比べると音は悪い。

理由は3つあったように思う。

- 会場が広いので細かい音までは明瞭に聞こえないこと、
- 木を主体としたホールで響きが載ること、
- 人が多くてどうしてもざわつきがあること(咳をする人が多かった)

特に観客のマナーは今回で一番悪かった。例えば、私の席の近くでは、合唱団にママがいると思われる子供の集団が居て、我慢できずに騒いでいた。大きな会場なので仕方ないのであるが、私が気合いを入れまくっている分残念だった。

しかし、演奏は良かった。

私のような素人でもユロフスキの指揮の素晴らしさは分かったし、演奏のレベルも明らかに高かった。

第九は難曲と言われるが、それゆえに演奏者も一生懸命なのか、あるいは有名すぎて手が抜けないのか、それともベートーベンの魂が宿っているのか、いずれにせよ演奏は素晴らしかった。

初日の8番は眠気と戦っていた。火曜日の7番は音は良かったが演奏が荒かった。
そして、最終日は音もマナーも悪かったが演奏が良かった。

一番感動したのは?もちろん最終日の第九である。いくら音が悪くても、感動の源泉は音楽の良しあしなんだと再認識した。

五番や七番と言った歌のない曲でも、人間の心情を余すところなく表現できるベートーベン。

だが、シラーの「歓喜に寄せて」という詩を読んでから第九の完成までなんと30年かかっている。

この間、彼も様々な人生の経験をしたはずだが、最後にこの明るいメロディーが出来上がったこと自体が感動である。

聞こえない耳の中で、このような感動的な音楽が鳴っていたのか!


最初にバリトンが高々と歌いあげる

「おお友よ、このような旋律ではない!もっと心地よいものを歌おうではないか、もっと喜びに満ち溢れるものを!」

という部分はベートーベン自身が加えた歌詞であるらしい。


第九を聞いていると、自分の悩みや不安という要素
…それらは時に音楽によって癒されるのだが…、
そんなものがどうでもよくなって、歓喜の合唱とともに、私自分も

「人生は素晴らしい!」

と叫びだしたくなった。

この曲による喜びの表現は、人間の全ての感情の最上にあるものなのかもしれない。
まさに「人類最高の芸術作品」と呼ばれるに相応しい曲である。

夜は感動冷めやらぬまま買ってきたロンドンフィルの第九のCDを聞きワインを飲んだ。

旅立ちの日曜日も、朝食をたくさん食べて、腹ごなしに散策する。

セントポールからBank、London Cityのあたりを歩く間、頭の中では、ずっと第一楽章の劇的な始り方と、歓喜の歌がリピートしていた。

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