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Musical Fidelity A1とHarbethのスピーカーのマッチングに魅せられて、オーディオに深入りすることになりました。日記の頻繁な更新には自信がありませんが、少しずつ製品コメントもアップ…

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日記

ハイドン・ランダムノーツ3:閒(あわい)の音楽を聞く②

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2021年09月23日

ポール・ルイスのハイドン・ピアノソナタの第2集が
つい最近リリースされました。



彼のファンである私は、例によって毎日のように聞いているのですが
なんとなくそのたびに印象が変わってしまいます。。。
というか、聞いている途中で印象がコロコロ変わることもしばしば。。。

音の濃淡や硬軟の印象をはじめとして
決然とした感じ、哀しい感じ、ユーモラスな感じ
それらが移り変わりながら曲たちが進行していっているのに
ハッと気づくのです。。。
自分のアテンションが何に向かっているかによっても
曲の聞こえ方が違ってきているようにも思えます。

こういう例えは言い古されてきたのですが
そのあり様は、やはり万華鏡のよう。。。
そういえば前回ご紹介した
HAYDN 2032のジョヴァンニ・アントニーニも
ハイドン作品を「人間のさまざまな気持ちを映し出す万華鏡」と
とらえていますし
ハイドンの本質に関わる部分なのかもしれません。

ただ今作のルイスのピアノを聞いていると
その万華鏡の見せ方が、第1集よりも
さりげなくなってきているかな~と思うのです。
あんまり人をびっくりさせないように弾くっていう感じでしょうか。
それは以前からパグ太郎さんとのやりとりで
何度も使われてきた「中庸さ」につながる話かもしれないです。
でもその万華鏡の変わる瞬間を聞き届けようとしてみても
ふっと彼のピアノの魔術のようなものにとらえられて
聞き逃してしまうのです。。。
この日記のタイトルに寄せていえば
さまざまな感情の閒(あわい)に人間存在が
浮かび上がってくるかのよう。

彼の言葉に戻ってみましょう。
長くなりますが引用します。
 「ハイドンの音楽は私たちを微笑ませてくれるだけではなく、声を出して笑わせてくれます。そのような作曲家は他にはなかなかいません。ベートーヴェンもユーモアは使いますが、彼は人をびっくりさせることで笑わせます。でもハイドンは後ろから忍び寄ってきて脇腹をくすぐるのです!モーツァルトも笑わせてくれますが、彼の場合は、私たちが彼はいったいどうやってこんなすばらしい音楽を作曲したのだろうと驚嘆しているのをどこかから見てにやりと笑っているような印象があります。
 ハイドンはいたずらっぽく私たちを驚かせるのであって、ベートーヴェンのように不機嫌だったり荒っぽかったりすることはありません。ハイドンの音楽には悪意はなく、つねに上機嫌で愛想がよいのです。現代のように極端なことが当たり前な時代においても、ハイドンの聴き手をびっくりさせたりからかったりする手法は斬新に感じられます。本当にすばらしく創意に満ちた音楽であり、このたび演奏および録音できることにわくわくしています。
 ハイドンの音楽には無駄な音はひとつもありません。ですので、一つ一つの音の色合い、性格、そして意味合いがとても重要なのです。それはとりわけピアノ・ソナタの緩徐楽章において顕著で、彼が少ない音でこれほど深い表現ができるのは本当に驚異的です」
『HBBプロジェクトに寄せて 〜美しさ、真実、ユーモア〜』より
http://www.eurassic.jp/hbb-project/#p07

言行一致だな~と。。。
今作において特筆すべきは、緩徐楽章の味わい深さかな~
磨きがかかってきた印象があります。
パパ・ハイドンが
「ま~待ちなさい、ちょっとこんなの聞いてみてから
もう一度考え直してみなさい」って諭しているかのようにも
聞こえてきます。。。
たとえば酒宴が失われてしまった昨今の世界においては
つくづく感慨深い気もしてきます。。。
「ま~いっぱい」っていうやつですね。

閑話休題
ポール・ルイスの生まれ故郷は
リヴァプール郊外のハイトン(Huyton)という小さな町だそうで
彼は別のインタビューの最後でそのことにふれて

「ハイドンはずっと弾いてきたし、こどもの頃から図書館でレコードを借りて大好きだった。すごい偶然だけれど、1970年代にソナタ全曲録音を出したジョン・マッケイブとはまったくの同郷。リヴァプールというだけではなくて、郊外のハイトンという小さな町。ハイドンとほとんど同じ発音なんだよ(笑)」
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/20895

と、いたずらっぽくオヤジジョークを残して去っていくのですが
他方、同じインタビューで
「私たちは変わらなくてはいけないし、成長していかなければ」
とも述べていて、
今作を聞くたびに、そのことばをかみしめている自分がいます。
今作のアルバムジャケットの彼を見ると
顔を上げて視線を斜め上方に向けています。
それが第1集とは異なっていることに気づいたのは
ここ数日のことでした。。。

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レス一覧

  1. ゲオルグさん こんにちは。

    ご紹介いただいたアルバム、Deezerにあったので早速聴いてみました。(便利な時代です♪)

    これまでは正直、なんとなくピアノソナタって愉しみ方がわからず無意識に避けていたのですが、おかげさまで食わず嫌いだったことが判明しました!
    特に52番。重厚な和音と軽やかなフレージングが自然に絡み合うハイドンのスコアを、情熱的ではないにも関わらず退屈でもないザ・お上品?な澄んだ音色で奏でるポール・ルイス。
    そしてゲオルグさんが仰るように聴くたびに然りげ無く変わる印象。それはまさに聴くものの心を映す万華鏡。

    そんなこんなで、気がつくと繰り返し曲を聴きながらタワレコで注文しちゃっていました。(気に入った音源はやっぱり円盤で持っておきたいと思う古い体質σ^_^;)

    素晴らしい演奏のご紹介、ありがとうございました。
    お気に入り登録させていただきましたので、今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m

    bymiya at2021-09-23 10:54

  2. miyaさん
    こんにちは

    レスありがとうございます!
    気に入って頂けて何よりです。52番などはピアノ演奏者の練習曲としては定番だそうなんで、あんまり下手な演奏はできないですよね。逆に言うとシンプルな中にどれだけ豊かな表現を盛り込めるかは、演奏者の腕の見せ所なのかもしれないですし、おっしゃるように弾く者の品性みたいなものは表れやすいのかも。。。とは言えそうです。

    あとはやはりハイドンの曲を演奏する人は、たくまざるユーモアの感覚は欲しいな~と思います。あんまり若すぎるとそういう味が出てこないのかも。。。ちょっと余裕がほしいっていう感じでしょうか。
    これは第1集収録の曲ですが、聞いてる者が自然と笑ってしまえる感じはよくでています。

    「paul lewis | Joseph Haydn, sonata no. 40 in G major, hob, XVI :40 (1784) presto」
    https://www.youtube.com/watch?v=DDIpyShrDT8

    byゲオルグ at2021-09-23 15:45

  3. ゲオルグさん

    またまた、ポール・ルイスのHBB(ハイドン・ベートーヴェン・ブラームス)プロジェクト公演ライブのエアチェックを聴き直しています。

    https://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20190302/61903/

    彼のこのプロジェクトには、ウィーン古典派とその正統を受け継ぐ中欧ロマン派への系譜への敬意がこめられていますね。

    ポールの師・アルフレッド・ブレンデルは、ハイドンの録音に熱心でしたが、こんなことを言っています。少し長くなりますが引用します。

    ***********************************************************
    彼の時代にはまだカール・フィリップエマヌエル・バッハが生きていました、カール・フィリップも同じく冒険と発明ずきであったけれど、聞き手を驚かすことだけに終始してしまったところがあります。(中略)ハイドンはこうしたいくつもの「意外性」を少し整理したといいますか、秩序ある背景のなかでそれを聴衆に紹介することで、より印象的で楽しい効果を生み出すことに成功しています。楽しい音楽はあのようにしか書けなかったのです。これがハイドンの最大の業績です。あのような楽しい音楽というのが、それまで存在しなかったのです。
    ***********************************************************

    ポールは、ベートーヴェンがいかにハイドンに学び、研究し、自分の世界を開拓していったか、ということを示している。ブラームスもその系譜をたどり繰り返している。そのことに、ポールは万感の敬意と共感を感じとっている。この音源を聴くとそういう気がしてきます。

    byベルウッド at2021-09-25 14:24

  4. 連投失礼いたします。

    ポール・ルイスのハイドンを聴いていると、そういえば、ジャン・チャクムルもハイドンをプログラムに取り入れていたなぁと思い当たりました。

    ジャンが浜松国際ピアノコンクールで優勝した直後に浜松・アクトホールで収録したBISレーベルのデビュー盤です。

    https://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20210215/67037/

    ジャンは、その後、シューベルトあるいは、シューベルト歌曲のリスト編曲版などのアルバムを出しています。

    ここでは、ベートーヴェン、シューベルト、あるいはバルトーク、現代作曲家まで広く取り上げています。豊かで多様な音楽創造性の系譜と連鎖を見事に弾ききっています。ここでジャンが取り上げたハイドンは、鍵盤楽器の作品としては最晩年の「アンダンテと変奏 ヘ短調」。これについてジャンはこんな解説をしています。また長くなりますが引用します。

    ***********************************************************
    1793年に書かれたこの曲は、ハイドンの鍵盤楽器のための最後の作品の一つと数えられる。それは年老いた男の作品である。怒りっぽく、辛辣で、時に運命に対して激怒するような。その書法は非常に複雑でオーケストラ的である。そして葬送的な空気を醸し出している。1793年は、恐らくハイドンの秘めた恋の対象であったマリア・アンナ・フォン・ゲンツィンガー夫人の、予期せぬ死に接した年であった。(中略)いかなるものからのインスピレーションであったにせよ、この曲はハイドンにとって極めて個人的な事柄と深い関係があったに違いない。
    ***********************************************************

    あえてソナタではなく変奏曲を取り上げているというのもジャンの企みではないでしょうか。ハイドンは「疾風怒濤」の時期に、音楽というものが、人間の激しい感情表現やヒューマニズムの理想を盛る器たり得ることを確かに実証してみせています。確かにベートーヴェンのような激しさは控えていますが、それだけにシューベルトに直結しています。新奇な転調や移調の多用によって夢想的でとりとめもない感情を表現できるという可能性をシューベルトに気づかせたということではないでしょうか。そのことをジャンはとても美しい音色で示しています。

    byベルウッド at2021-09-25 14:43

  5. ベルウッドさん
    レスありがとうございます!

    いつもながら私の拙い日記を何倍にも膨らませてくださいました!

    >秩序ある背景のなかでそれを聴衆に紹介することで、より印象的で楽しい効果を生み出す

    そうですか。ブレンデル師匠は上手いことおっしゃるな~。勉強不足でした。やはり師匠の著作も読んでみたくなりました。。。

    それに今回のルイスの新作でも短調の曲、とりわけ冒頭の曲なんかはブラームスっぽい弾き始めですものね。
    そういう意味では、ジャン・チャクムルの言葉も心に沁みましたし
    曲を聞き直してみて、今しみじみきてしまいました。。。ベートヴェンやシューベルトにつながるものを控えめに教えてくれていますね。でも悲しい曲だなぁ。。。

    >ハイドンは「疾風怒濤」の時期に、音楽というものが、人間の激しい感情表現やヒューマニズムの理想を盛る器たり得ることを確かに実証してみせています。

    おっしゃる通りだな~。音楽の器をハイドンが拡げてくれたんですね。なるほどな~。まだまだホント勉強不足です。。。

    byゲオルグ at2021-09-25 16:40

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