かもん!
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もともとPCオーディオ(有線LAN)でしたが、音質に限界があることが判明したので、それに代わるものとして、SSD再生に転向しました。これに関していろいろ情報交換をお願いしたいです。

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持ち家(戸建) / リビング兼用 / オーディオルーム / 16畳~ / 防音なし / スクリーンなし / ~2ch
16畳のエアボリュームで音楽を楽しんでいます。ほとんど1:2の長方形形状で、定在波問題を克服することは困難なため、FostexのSWで低音を補強しています。 好きなジャンル:クラシック全般(ジャ…
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2015年08月07日

                                                                                                                           これでいいのかな?

タイトル:小林二郎氏の日記について

例の問題に一切触れないで、また、氏のいう意味の分からない「黒」にも触れないで申し上げます。


「けんかはやめて」「仲良く遊ぼう」と、時の氏神のような、のどごしの良い、一見さわやかであまい文章ですが、これが先に「自由からの逃走」で示した行動の典型的なパターンです。これによって、争いをさけたい、微温的な雰囲気に浸っていたい、そういう大きな人々の流れができ、ナチスの擡頭を許したと著者のフロムは指摘してます。自由を維持するにはそれなりの苦痛と責任が伴う、ということです。それを放棄したら、あとは、ナチスの思うまま、人々はナチス圧政の奴隷になる、というものです。

ここのコミュは談論風発で運営されてきていると思いますから、それが多くのオーディオマニアにとっても為になる情報発信の場になっています。今や、価値の多様化、音源採取の多様化などで、さまざまなオーディオライフが展開されているので、「これで決まり!」というものは一つもなく、誰かが「これにはこれこれの製品が良い」と日記に書いても別の人は「それにはそれそれの製品が良い」と書く。読者は投稿者のオーディオライフスタイルやこれまでの投稿内容の信憑性、自分のケミストリーとの遠近などいろいろな点を考慮に入れて、どちらかにするか、または、どちらにもしないかを毎日、判断しています。

そこでたとえば「ウェルフロートボード」が良いと誰かが言えば、「いいや別のこの製品がある」というのは自然ですし、「ウェルフロートボードには両論があります」と指摘するのも自然です。商品ひとつとっても評価が異なるのは自然ですし、それをこの場で意見表明することも自然です。そのようにして読者が更に情報を把握していくわけです。

それが2チャンネルに取り上げられようが上げられまいが、それは別の世界の話であって、2チャンネルが注目するから、その話はやめよう、というのは、論理性もなにもない、めちゃくちゃ幼稚な話です。


また、私は日頃から氏の記事は完全にスルーしていますが、それは、氏の所有機器がとても高額で私には手が届かないことが大きい理由ですが、そればかりではありません。氏の態度が「見せびらかし」「ひけらかし」「高額商品オーナー自慢」で満ちており、まるで安物の香水のように悪臭がぷんぷんとにおってくるからです。でも、それは、スルーすれば良いのです。ですからそのようにしてきましたが、今回の機会が与えられたので、この点は申し上げたいのです。


同じようなことは、昨日早朝の投稿日記にもあります。それで多くのレスがついて賑わっている(退場宣言した人の出戻り話だからという面がありますが)のはそれはそれで結構ですが、多くの読者のうち一体何人があのような特殊な機器とレコード盤を持っているのか。それが多くの皆さんのオーディオライフにとってどれだけの恵みになるのか?そういう視点のない、姿勢をただすことを考えない執筆姿勢には疑問を感じます。ところで、あの人は、かつて、ある人の日記へのレスに次のように書いています。

「XXXXさんおはようございます。
SACDリッピングやっていらっしゃるんですね。
先を越されてしまいました。
必要なブツの入手やソフトのインストールなど面倒なことは
さらっと触れずにデータを得られているところに
『ツワモノ』の匂いがします。」


おっと、これは触れないのだった。ごめん、ごめん。


もうちょっと付記しますと、「けんかをやめて」と割って入るのは河合奈保子チャンでなければ、大概は道化がその役を務めます。道化というのは間抜け・阿呆役のことですね。そういうキャラクターに扮した方が双方が和気藹々になって争いが収まるからです。今回も小林二郎氏はなにやらそのようなことを自称しています。道化役を選択するのは、自分はアホだから、議論に巻き込まないでという意思表示でもあります。でも巻き込まれないで自分の言いたいことだけ言うというためには絶好の隠れ蓑です。

さて、ワイマール帝国のナチス政権擡頭の話は分かったが、それと、ここでの法律解釈論の議論とはどういう関係があるのか? と疑問を持つひとも少なくないでしょう。

説明しますと、そのような道化役が割って入って議論・争論が収まると、どちらか一方の論に全体が集約さてしまうというのが一つと、それが前例となって、そこの人達にそこの場所での行動規範ができてしまい、当初は談論風発、時には厳しい議論もあった場所が、言論の自由がない場所になってしまうということです。我々のネットの時代は言論自由(勿論それには責任がつきまといます)が大前提の時代です。

そうなると、誰か(大概、その場にはアルジ的なひとがいます)が「これにはこれこれだ」と宣言することで、それ以上には進展せずに終わってしまいます。読者には公正な情報が伝わらなくなります。そうなるとこの場の評価が落ちます。そして、この場は死にます。そういう危険性を秘めているのが、小林二郎氏の主張だということです。

ここがそのような世界になりますと、たとえば特定のテーマで「違法だ」と言い切った人がいれば、それで終わってしまいます。しかし法律はこのコミュだけの世界の話ではありません。日本全国に等しく共通に公平に関係する重大な話です。それをここだけの話できめつけるようなことはオカシイのですが、それがここに来るとオカシイとは言えない、というおかしな現象になってしまいます。

ですから、私は「黒でないかも知れない」といい、別の人は「白だ、黒でないかも知れないというおまえは不届き者だ、出て行け」と活発に議論する方が多くの読者にとっては様々な判断材料が与えられて良いと考えるのです。どちらもこの一事だけで1ヶ月も2ヶ月も話を続けようとは思っていないし、現に私は直前の日記で「やめた」と申しているのです。ですから、私が恐れるのは、この口当たりの良い道化役の甘言につられて、この場の自由闊達な反対意見を認める雰囲気が壊されてしまう、そのことです。

この点は、皆さんも真剣にお考えになる必要があると思います。

なお、小林二郎氏は新潟の田舎出身で、上京し刻苦勉励の末、会計コンサルタントを自営していると自称していますから、勿論、高額オーディオ機器オーナーたる資産があるのは結構ですが、それだけの資産を形成するのは立派な知力が備わっていることでしょうから、上記のような論理は十分わきまえているハズです。ですから、ばかげた名称の会の会長だなどと非常にこずるい手を使っているのです。

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