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オーディオに興味を持ってからいつの間にか40年。 波はありましたが、細々と続けています。 この趣味って奥が深くて本当に面白いですね。 <現有システム> ネットワークプレイヤー:Volumi…

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日記

ベルイマンさん邸「象牙の塔」訪問記と映画『メッセージ』

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2022年07月10日

このコミュニティも秋には残念ながら終了、ということで皆さまお世話になりました。
色々と考えた末、今回の投稿を当コミュニティにおける最後の日記にしようと考えています。
書いている途中に、尾びれ背びれをつけたくなってしまって、結果的に物凄く長くなってしまいました。
いつものように自己満足の駄文です。最終回記念ということで、何卒お許し下さいませ。

*************************

20年~25年くらい前でしょうか。オフ会に嵌った時期がありました。
当時は、田舎から都会に出てきたばかり。それまで、オーディオの趣味を孤独に楽しんでいた私は、“少し足を伸ばしさえすればマニアがうじゃうじゃいる状況”に歓喜しました。

当時はSNSもBlogもなかったので、自分でHPを作ったり、オーディオ仲間が集まる掲示板に顔を出したりして、なんとか関係性を作ろうと努力したのを覚えています。
そして、幸運なことに実際に様々な方と知り合うことができました。
とんでもない量のソフトを所持している方、本を執筆されるほどの技術者の方、田舎なら家が建つくらいの価格のハイエンドシステムをお持ちの方等々。
その方々とのオフ会の場を持つことがとても楽しみでした。

現代でこそ、その傾向は薄れているようですが、当時は“自宅システムの音の公開を厭わない方”というのは、その方の理想の音をある程度達成した自負のある方ばかりでした。
従って「このシステム以上の音は考えられない」「他の人の音を聴いてもがっかりするだけ」という確信をお持ちの方も複数いらっしゃいました。

それは決して嘘やはったりではなく、そのような方々の音は本当に素晴らしかったです。

ただ、複数の方のお宅を訪れて、同じ音がすると感じることはありませんでした。例えばコンサート通いを繰り返されているお2人が似た音かというと、そんなことは全くありませんでした。測定を重視する方同士の音でさえ大きく異なっていました。
従って、それぞれの方の音を比較することは、それほど困難な作業ではありませんでした。

当時の私はまだ若かったので、まるで捕まえた虫を戦わせて喜ぶ子供のように、“最強”を見つけようとしていました。それは、音場は〇〇さん、定位は〇〇さん、トランジェントは〇〇さん、質感は〇〇さん、というように、音質の各ファクターに絶対的基準を設けるようなスタンスです。当然のことながら、オフ会を重ねる毎にその基準は高くなっていきました。

最高基準が定まってくるにつれ、物理的な限界、つまり生音に太刀打ちできない壁というものも強く意識するようになりました。
そして私は、オーディオという変換機が達成しうる音について「“これ以上は考えられない”と判断すること自体が誤りである(いかなる装置にも不足がある)」と、一旦の結論を下しました。

この結論により、最も悪い影響を受けたのは、私自身でした。

1人で楽しんでいた頃には気に入っていたはずの自分のシステムが、まるで下らない玩具のように見えはじめてしまったのです。購入したばかりのものをすぐに処分したこともありました。巨額のローンこそ組みはしませんでしたが、どうみても身分不相応な無理をして購入したものも幾つかありました。

悲しいことに、システムの価格が大幅に跳ね上がっても、自身の音に満足することはありませんでした。判断のための“ものさし”が、“自身が入手しえないレベルの機器や部屋”になっていたのですから、当然ですね。
あんなに楽しかったオフ会が自分の中で苦痛に変わっていくのを感じました。

そして、他のマニアと距離をとること決めたのです。
システムを全部リセットし、HPも閉じ、ハンドルネームも変えて、自身の中で閉じた趣味としてオーディオを楽しむことにしました。田舎暮らしだった頃に戻ったわけです。

オーディオに対するスタンスが変わったきっかけが何なのかよく覚えていません。単に時間が経過し、歳をとり、人生のゴールや自身の限界を意識するようになったからかもしれません。或いは、命に係わる大病から復帰したことや、子育てや、今の職種も影響しているのかもしれません。
とにかく、あるとき、いつの間にか“自分に優しくなっている自分”に気が付いたんですね。

「別にいいさ、この程度の音でも音楽を楽しめるんだし。」と思えるようになりました。良い音を得るための様々な試行錯誤を、失敗もひっくるめて純粋に楽しめるようになったのです。自分に違いが分からないようなものであっても、気にしなくなりました。分からないのは、能力ではなく個性と感じることができるようになりました。
(ファイルウェブに登録したのはこのような気持ちになってからです)

自分に優しくなると、他者にも優しくなれます。昔は他者のシステムの出音の欠点ばかり気になっていたのに、今ではそんなものはどうでもよくなりました。オフ会に訪れたときには、そのシステムの強みやオーナーの拘り、フィロソフィー等に興味を持つようになりました。
そして、頭で組み上げた他者のフィロソフィーが、的を射ていたときなどには、嬉しさを感じるようにもなりました。

そして今が第2次オフ会ブームです。楽しいのです。純粋に。
私の生活形態、家族の許容度を鑑みると、2,3か月に1度くらいが限度でしょうが、このコミュニティが終わってからも、オフ会はなんとか細々と続けていきたいと思っています。

*******************

さて、ベルイマンさんのリスニングルーム「象牙の塔」に興味を持ったのは、そのお部屋に物凄い“執念”が込められているように思えたからです。
執念が込められているシステムには、良し悪しとはまた別の面白さがあります。その執念が結実した到達点、そして執念の源泉がどこにあるのかを知りたかったのです。
そして、真剣に取り組まれたホームシアターの画質や音質が、多くの映画館を超えるものであることは、過去の経験で分かっていたので、最新のそれを体験したい気持ちがありました。

当日は、有休を頂いていたので、朝の10時に待ち合わせ、駅から3分(!)のご自宅を訪問させて頂きました。

【リスニングルーム】

いざ、「象牙の塔」に入室してみると、想像していた以上の異次元空間です。


↑フロント


↑リア

画像ではなかなか伝わりにくいかもしれませんが、ルームチューニンググッズには結構な厚みと立体感があります。私は、前述したようにオーナーの執念に触れるのが好きなので色々質問してしまいました。ざっくり表現すると、象牙の塔の壁面は
・“吸音材(ロックウール)を大中小の直方体に固めたもの”
・“円錐に吸音材を貼り付けたもの”
・“半円球に吸音材を詰めて布を貼ったもの”
の3種類の物体に覆われています。もちろんその他のもの(YAMAHAのパネルとか)もあるのですが、上記の3種が支配的です。
※オフ会のお土産に円錐と半円球を頂いてしまいました。


↑リスポジから見た天井


↑天井のパネル裏

そして、これらのツールは全て、材質は勿論のこと配置する位置が計算と聴感で決められています(壁に貼った1組の吸音材によりサラウンドの音源の定位が大きく変化したというエピソードは面白かったです。)
過去に問題となっていた200Hz以下の20dBのピークもこの吸音材配置により8dBを削減できたとのことでした。聴感上も低域の不要なピークを感じることはありませんでした。
イコライザを使用せずに、ルームチューニングのみで、低域を8dB落とすのは大変です。
まさに、ベルイマンさんの執念の結晶とも言えるでしょう。

殆ど全ての壁面が吸音質で構成されているため、発せられた音は壁に吸収されていきます。
そして、象牙の塔を特徴づける、その驚異的な遮音性。周囲の環境雑音が全く聴こえません。あまりに静かなので、住宅地であるが故に聞こえる筈の人や子供の声、鳥の鳴き声、そして3分の距離にある電車の音すら全く聞こえることはありませんでした。

【音楽再生】
そのようなお部屋で、曲を聴き始めます。
前もって、ベルイマンさんには当日かけるソースのリスト、いわゆるお品書きをもらっていました。
お品書きの利点として、
・琴線に触れるソースがあったとき、それを記録する手間が省ける
・オーナーの嗜好に対する仮説を立てることができ、理解が深まる
・自システムの再生音を記憶した状態で臨める
などがあり、良いことばかりです。

<リスト>※当日、聴かなかったものもあります
① 『無伴奏チェロ、1番、プレリュード&サラバンド』、鈴木秀美、deutsche harmonia mundi、6分
② 『サティ・グノシエンヌ1』、小川典子、BIS、3.5分
③ 『半音階的幻想曲』(BWV.903のファンタジー)、エデルマン、Exton、9分
④ 『ショパン・葬送、第3楽章』、アルトゥール・ピサロ、LINN、12分
⑤ “In a sentimental mood” & “My one and only one”、シーネ・エイ、Master Music、10
⑥ “She is She”、セイゲンオノ、サイデラレコード、7分
⑦ “YOU 2”、HYPS、SONY、3分
⑧ 『春の祭典』、ラトル & ロンドン交響楽団、LSO、35分


他者のシステムを聴かせていただくとき、その方の方向性を掴むのに時間がかかってしまう場合があります。ただ、ベルイマンさんの方向性は一聴歴然でした。

ベルイマンさんの日記のタイトルそのまま、「DIVE INTO DIRECT SOUND」。
分かりやすく表現するなら、昔、日本のプリメインアンプに“PURE DIRECT”スイッチってありましたよね。正にそれです。“純粋に直接的な音”でした。

Focal SopraN2の音は一言で表現すると“強い”です。空気とスピーカーが一体化して鳴るという感じではありません。重く、硬いキャビネットに装着された、強力な磁気回路のスピーカーユニットが、強靭なダイヤフラムを振動させ、空気に対して“動け”と命令しているようです。
その強靭さは、全帯域に等しく漲っているので、耳につく癖としては感じられません。当然、高解像度、ハイスピードです。消え入りそうな弱音にも力感や存在感があり、放出される1音1音に注目したくなるような、そんな音です。
スピーカーとリスナーとの距離は180cm程度。世界のこのスピーカーのユーザーの中で、最も近い距離かもしれません。スピーカーの軸はリスナーの耳あたりを狙っています。前述のように壁の反射による色付けが恐らく非常に少ないので、スピーカーから放たれた音が変質することなく耳に届く印象です。
そして、一般家庭の音量の水準を遥かに超えるような大音量。ジャズやクラシックに関しては生を超えるかのような音量です。そして、ライブでは絶対に聴こえないのような演奏ノイズ、ピアノで言うと、鍵盤をたたく音やペダルを踏む音がよく聴こえます。
ジャズやクラシックの迫力系のソースは滅多に聴けないレベルで圧巻でした。ハルサイは、楽器の質感と迫力が本当に凄まじかったです。

AVアンプの持つ便利な補正機能は、もちろん一切使用していません。つまり、周波数特性のイコライズも、DELAYも使っていません。PURE DIRECTが徹底されています。マランツのAVアンプの音にHiFiとしての不足を感じなかったのは、この使いこなしにも理由があるのかもしれませんね。
アクセサリ類への拘りは言わずもがな。アクセサリの総額は、私の“システム総額”の数倍です。

オーディオ装置が再生する音を、音場型と音像型に大別するならば、ベルイマン邸の音は明らかに音像型です。クラシックを愛好する方の多くは音場型へ向かうものですが、ベルイマンさんは珍しいケースです。ベルイマンさん自身もそれを自覚されており、たまたまそうなったのではなく、ベルイマンさんの信念としてそうあるようです。もちろん、音場が出ないわけではありません。音場が入っているソースは見通しよく出すし、あまり入っていないソースはそれなりに再生するだけです。

もし、音場型を嗜好する人の視座であれば、“音場をスピーカーからもっと離れた位置に再現したい”とか、“最低域を補完してふわっとしたホール感を出したい”などと思うことでしょう。
でもそれは、野暮というものです。それらをこの装置に求めるのならば、スピード感やダイレクト感などの、今ある特長をいくつか丸めなければいけなくなります。
生を彷彿させる雰囲気の創生や演出は切り捨て、製作者がディスクに詰め込んだ音源情報を抉り出し、余すことなく音にする、そのような明解なフィロソフィーを感じました。

【映画再生】
このオフ会が始まる前、私は1つベルイマンさんに我儘を言わせて頂きました。それは、“2016年のSF映画『メッセージ』を短い時間で構わないから観てみたい”というものでした。いつかのベルイマンさんの日記にこの映画のタイトルが出ていたことに目がとまっていたのです。



少し、この映画について書かせて下さいね。
この映画の原作『あなたの人生の物語』は、ハヤカワ文庫の同タイトルの短編集に収録されています。
私は小説のジャンルとしては、ホラー、純文学、ミステリ、SFが好きなのですが、このSF短編は私がこれまで読んできたものの中で、(ジャンルを超えて考えたとしても)間違いなく5指に入る感動作でした。
この小説の構成は、“違和感のある文体と散らかった時系列のエピソードが冒頭から続き、終盤の数ページで一気にその違和感の正体が判明する”というものです。最後、驚きと同時に、ある命題が読者に提示されることになります。読者はそれを他人ごとにすることができず、否応なく感情移入してしまうわけです。
(分かりやすく説明することも可能ですが、これ以上はネタバレになるので割愛します。是非ご一読くださいませ。)
この小説を読了して衝撃を受けたのが、映画の公開が終了したあとだったので、私の中で、「観ておけば良かった」と後悔が生じていたわけです。一体、この構成がどのように扱われるのだろうかと興味津々でした。

果たして、ベルイマンさんからの返事は、「良かったら、一本まるごと見て下さい」というものでした。嬉しい驚きです。オフ会で映画を丸ごと一本観させて頂くのは初めてのことです。

正直なところ、シアターのクオリティを判断するには、私の経験値はあまりにも少なすぎます。自宅では、映像系の機器というと東日本大震災のときに壊れて買い替えた42インチの液晶TVとDENONの安いサウンドバー、SONYの安価なブルーレイレコーダーしかありません。というわけで、『メッセージ』はマニアとしてではなく、観客として楽しみたいと思っていました。

調音材を移動する等のいくつかの準備のあと、『メッセージ』以外の映像から観始めました。最初は、スクリーンの位置とスピーカーが作り出す音場の前後関係が大きく離れているため、違和感を覚えました。たとえば、『この世界の片隅に』では、主人公が話しているよりも、“能年玲奈が映像を見ながらレコーディングしている”感が強かったです。
(私はこの辺はすぐに順応してしまう方なので、10分くらいで慣れて、以降は没頭できるようになりましたけれど。)

それにしても、映像が美しい。プロジェクタなのですが、明るく、色に力があるので、プロジェクタの映像には思えず、まるで120インチの大型TVを観ているようでした。淡い色彩の諧調とか、肌の質感等が素晴らしく、よくある映画館のぼやけた映像とは一線を画すものと感じました。

そう、面白いことに、ベルイマンさん邸の“音を表す言葉”も“映像を表す言葉”も一緒になってしまいます。明るく、力があり、高解像度です。嗜好が一貫しているのですね。

さて、映画『メッセージ』です。SFものの中でも内省的な雰囲気があります。登場人物の内面を表現しようとする際に、言葉ではなく、光と陰のコントラストで表現するやり方を多用しています。ベルイマンさんによると、この手法は、故ベルイマン監督がよく使った手法を、ヴィルヌーヴ監督が倣ったものとのことでした。
マックス・リヒターによる主題曲も、知的で陰影が深く、これ以上あるのだろうかという位、この映画に合っているものでした。

映画と原作の乖離については、昔からよく言及されます。この作品も中盤あたりから方向性が異なっていきます。原作の主題は非常に小さな、身近な人間関係に置かれていますが、映画の主題はもっと遥かに大きなものです。原作派はこの少々ハリウッド的な印象を受ける演出が許せないのかもしれませんが、私は、映画の表現もそれなりに面白いと感じました。
(ちなみに、『メッセージ』は邦題です。映画の原題は「Arrival」。原題の方が表現の深さがありますね。そして小説の原題は「Story of Your Life」。それぞれ、主題をよく表していると思います)

良い映画であり、あっという間の2時間でした。
ベルイマンさん、我儘をきいて頂き、有難うございました。

******************

ベルイマンさんとは色々な話をしました。
私が、強い印象をうけたのは、ベルイマンさんの「この趣味を続けることが辛い」という言葉でした。
お話をきいてみると、私などでは、思いもよらぬような拘りのパワーを、ベルイマンさんがオーディオに捧げていることが判りました。ほんの小さな工夫が、全部音の良し悪しとして聴こえてしまっています。そこで、手を抜いたり、割り切ったりすることができない。試せる範囲の中で最善や正しさを求め、ひたすら試行錯誤を繰り返す…。しんどいのは当然です。

恐らくベルイマンさんは、チャンネルを増やすことの有効性やポテンシャルについて気づいていらっしゃいます。ただ、チャンネルを増やせば、調整ポイントは指数関数的に増加します。拘りのエネルギー総量の限界を超えてしまうわけです。“拘り切れないポイントが発生することが、許せない”というのが、ベルイマンさんがチャンネル数を極力少なくしている本質的な要因です。

音楽を聴いているとき、定位の話になりました。〇〇の音がここから聴こえるという印象が、ベルイマンさんと私は違っていました。面白かったのは、ベルイマンさんがそこで葛藤されていたことです。
私なんかは“よくあるよねー、人間の脳って面白いよねー”なんていって軽く流してしまうのですが、ベルイマンさんはそれが難しそう。
恐らく、正しい答えが知りたくなったのだと思います。

その葛藤の正体は恐らく、世界の不思議を解き明かすために邁進していた、私たちが誰でも持っていた子供の頃の純粋さのようなものです。
何かを探究する人が持ち併せている、美点ともいえますね。

ですから、そんなベルイマンさんを見て、私は失礼ながら“可愛い”なんて思ってしまいました。

手を抜けばきっと楽しくなるのですが、恐らくそれは難しい。果たして時間が解決してくれるものなのだろうか。これからのベルイマンさんの方向性が、拡大に行くのか、縮小に行くのか、或いは巡り巡って現状維持なのか、とても興味深いです。

ベルイマンさん、とても楽しかったです。
今度また素晴らしい映画と音楽を体験させて下さいね。

*********************
最後に…。

『あなたの人生の物語』のなかで、幼い女の子がある状況を表現するため、思い出すのに必死になった単語があります。その単語はこの短編を表現する陰のテーマでもありました。

その単語とは、「ノンゼロサムゲーム(Non Zero Sum Game)」。

参加者の得点と失点の総和が「0」になるのが“ゼロサムゲーム”。それを否定するのが“ノンゼロサムゲーム”です。どうやら経済用語のようですね。
この言葉は、小説においては“一人の人生の幸福の総量”を表し、映画では“国家間の利益の総量”を表していました。

絶滅に向かう緩やかな下り坂を進み、かろうじて今を生き延びている私たちオーディオマニアは、残された貴重な交流の場を、ネット上であろうとも、リアルであろうとも、正のノンゼロサムゲームを心がけ、大切にしていきたいものです。

私はこの趣味を世界でたった一人になっても、耳が聞こえなくなるまでは続けていくつもりです。
また、どこかでお会いする方もいらっしゃるでしょう。
そのときは、皆さま、また宜しくお願いいたします。

長い間、本当にありがとうございました。

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レス一覧

  1. Taketoさん、こんばんは。力作ですね。”メッセージ”付きの。(^^) ありがたいことです。言葉をたくさん紡ぐことができたと、良いように受け止めます。始まりは終わりです。数学者との出逢いは子の死を意味します。しかし、終わりは始まりです。子の死を受け入れることが異形の存在との繋がりの始まりとなるのです。映画は時間的に展開します。その線形性の破壊の記念碑がこのヴィルヌーブの映画ですし、思えば、イングマール・ベルイマンは『ペルソナ』(1966)で、同じシークエンスを連続的に反復させていたわけです。始まりは終わり、終わりは始まり、です。

    上から物言いに聞こえるかもしれませんが、私はtaketoさんのことを見直しました。確かに、聞き分けてるなと。バスレフポートの話を熱心に話し合ったときとか、音質を改善する最重要のポイントはスピーカーを磨くことだと私が言うと高笑いをされていたとき。なかなかやるなって思いました。このphilewebではそう思ったのは、1人くらいしか思い当たりませんからね、褒めてます。(^^)

    byベルイマン at2022-07-10 20:33

  2. 福田恒存という文学者の『人間この劇的なるもの』という評論を高校生の時に読んで、彼の訳したシェークスピアの戯曲を熟読した時には、私の中で芸術は永遠であり、人生の極めて重要なモーメントになりました。私のこの姿勢を理解できる人はこのコミュニティにはいません。私にとって芸術の永遠性に至るのか至らないのかがオーディオに賭けられているわけです。

    taketoさんには、私がオーディオ的な最適解を求めるのは、無いものを夢見る純粋さであるのか、多様で雑多な脳の判断形式をある意味で無視した考えであり、簡単にやり過ごすべき何かになるのかもしれません。しかし、福田恒存であれフロイトであれ誰であれ強力な解釈者に、脳の解釈は多様ですからシェークスピアも一義的ではありませんね、と言っても、彼らは納得しないでしょう。私も納得しません。これは文学というものをどう捉えるのか、前提が違うからです。私にとってはオーディオも同じです。

    byベルイマン at2022-07-10 21:48

  3. 私のオーディオ観はこのコミュニティでは特殊でしょうね。日本全国に広げてみても特殊なんでしょう。シェークスピアを愛読している人がこのコミュニティにいるのでしょうか?愚問ですね。ただ、このことで同情には及びません。(^^) シェークスピアって真面目に読んだことありますか?狂っているんですよ。人間はこの上なく狂っているとパスカルは言いましたが、その認識を突破口にする人もいます。感性までコピペとかリツゥイートの次元の人もいます。

    映画なのですが、『この世界の片隅で』を映した時、私も初めて見る色調でした。迷光が原因のはずですが、ココリンゴの名が出る時には、かなり淡い色調の空で霞がかかっているはずなのですが、強い色になってました。あれは私の意図した映像表現ではないのです。オーディオのルームチューンと映像の両立をしくじった結果であると思います。

    のんの声云々というのは、実は、映像の問題ではないかと思っています。確かめていません。ハードセンターは害で、センターレスが最も強烈な映像に対する音像定位の追従性を示すなとはっきり実感したのが一月前のことですからね。(^^)

    いくつかヒントをもらいましたから、少しずつですが改善していきますね。また今度お会いしましょう。

    Philewebの住人とのオフ会が少なくとも5回は控えていますからね、あと何回かは日記を書くことになるのかなと思っています。taketoさんとのように楽しいものになるとよいのですが。

    追、私はチャンネルを増やすのは指数関数的に問題を増やして、コントロール不能に陥ると思っています。増やしたいけど、脆弱であるが故に増やせないのではまったくありません。増やし過ぎないほうが間違いなく音が良いから増やさないのです。我田引水ですが、4chは最高のサラウンドシステムであるとはっきり思っています。

    byベルイマン at2022-07-10 22:44

  4. 追追

    アルフォンソキュアロンの”ROMA”、あの海のやつです、あの映画を観て「子供たちはたすかるんですか?」と尋ねられたことが忘れ難いです。

    byベルイマン at2022-07-10 22:57

  5. ベルイマンさん、こんにちは。
    ベルイマンさんの良いところは、自分の判断基準に迷いがないところだと思っています。普通の人間は迷いますから。
    もし迷わなかったとしても、具現化する方法論を間違えたり、或いは様々な理由で諦めたりするものです。(私がそうです)
    ですから、私は素直にベルイマンさんのことを羨ましいと思いました。
    今後のオフ会が楽しいと良いですね。
    多分、きっと楽しいと思いますよ。

    bytaketo at2022-07-11 07:49

  6. taketoさん

    どうもです。コンサート、楽しみですね!

    『メッセージ』に反応してしまいました。

    Arrivalは拙宅にもありますが、あの映画は公開時に映画館で観て、当時某大学のメディア系の授業でも紹介した記憶があります。

    サピア・ウォーフ仮説の話とともに、学生にこの映画を見るように推薦しておきました(笑)。

    文化帝国主義的な現象について講義していたときでした。英語の事実上のリンガフランカ化によってもたらされる可能性のある現象について、考えるヒントになる映画だと思ったからです。

    すっかり、思い出話になってしまいました(笑)。Pedanticな話ですみません(汗)。

    ベルイマン邸、私が2年近く前にお邪魔したときとはかなり変ったようで、写真を見てびっくりしました。

    byAuro3D at2022-07-11 19:17

  7. Auroさん、レス有難うございます。
    難しい単語が並びまくっていたので、ググりましたよ。
    少し賢くなりました。有難うございます。

    サピア・ウォーフ仮説:思考が言語に影響を受ける事
    リンガフランカ化:世界共通言語化
    Pedantic:学者ぶった?

    サピア・ウオーフ仮説は、ホントにそういう話でした。原作者はどこかでこれを読んだのかも知れませんね。共通言語は国際問題が付与された映画のみに使われた概念です。

    Auroさんとベルイマンさんの音を立て続けに聴いて、お二人の方向性の違いが楽しかったです。比べる事は、もつ煮込みうどんとつけ麺のどっちが美味しいかと語るようなもので、ほぼ無意味。ただ言えるのは、両者とも、とても美味しかったこと。

    私は以前もお二人に伝えたように、隠れマルチch派なんですよね。
    それをお二人に認識させられました。

    bytaketo at2022-07-11 20:29

  8. taketoさん

    もうそういう事を考えてしまう頃合いになりつつありますね。
    実は自分も前回の日記を最後にするつもりで書きました。
    この記念碑的な日記にコメントくらい入れさせて頂きたいと思ったのですが、あまりにも内容が深く濃すぎて(笑)

    とりあえずTaketoさんは一周回ってきたわけですね。もしかしたらその当時のTaketoさんを目撃していた可能性もありますが、ベイルマンさんの熱意にかつての自分を重ね、このコミュの閉鎖も相俟って抒情的な結びへと繋がっていくように思えてしまいました。

    実は自分はオーディオの終着駅はフルレンジだと思っていて、気難しいスペクトラルに挫折した時はリセットするつもりでした。
    実際にその直前まで行きかけたのですが、現システムがようやくフルレンジっぽく鳴るようになったので、とりあえずそのまま継続してます。
    青葉市子さんのアナログも良く鳴ってます。(と、揺さぶりをかけてみる)もし機会ありましたら是非(^^)

    そうそう、例の友人ブルーノート行くようです。自分はさすがに無理でしたが、雑談から発展して物語が繋がっていく様は、SNSの短文表現とはまた違う情緒があるのですよね。
    とりあえずインターネット万歳!って事で。

    byにら at2022-07-11 21:05

  9. しかし何ともこだわりきったもの凄い部屋ですね。物置に
    作ったうちの簡易の音響システムがオモチャに見えます。

    同じプロジェクターの990RAを持っていますが、自発光の
    プラズマのファイナルKUROをアナログチックに練り上げた
    ような映像です。

    淡い色の階調表現がとても美しく、肌に生命感が載っています。

    映画の明るい場面やビデオ映像の見通しは、最新のネイティブ4K機に
    劣りますが、暗い場面の階調表現や力強い映像はいまだにNo.1だと
    思います。

    byふえやっこだい at2022-07-11 21:05

  10. taketoさん

    ベルイマン邸のこだわりは、ご自身の日記から想像していたよりも遥かに凄いですね。適当な塩梅でルームアコースティックを弄っている私には何も申し上げることはありません。


    そのこと以上に、日記前段のTaketoさんのオーディオ(オフ会)半生記を興味深く拝読しました。私のみならず、コミュの皆さんも共感する部分が多いと思います。

    趣味ですから「どこまでこだわる」かは、人ごとに外部制約の違いは有るにせよ、結局自分自身で決めるわけです。
    そのこだわり度合いが、時の流れとともに変わっていくことは至極当然だと思っています。

    コミュの人間関係ってコロナ以前からずっと「リモート」が中心ですから、オフ会の頻度も自分が快適なレベルが最適解ですよね。

    byのびー at2022-07-11 22:14

  11. にらさん、レス有難うございます。
    にらさんの読みがほぼ当たっていて、素直に嬉しかったです。
    私は青葉市子のアナログを、一度も聴いたことがないので是非聴きたいです。タイミングを見つけるので、是非。ただ、にらさんのアナログを聴くと、数十年ぶりのアナログ熱にかかりそうで怖いですが。
    ご友人の話は、とても嬉しいです。間接的にでも良いので感想聴かせて下さいませ。
    この様な場、とても優しい方々が継続して下さるそうで、大切にしたいと思っています。

    bytaketo at2022-07-11 23:00

  12. ふえやっこだいさん、レス有難うございます。
    私はプロジェクターに関する知識が全くないのですが、ふえやっこだいさんの感覚が、私の感覚にとてもよく似ているので安心しました。
    素晴らしいプロジェクタですね。本当に力強い映像でした。
    いつか同レベルのプロジェクタが欲しいです。

    bytaketo at2022-07-11 23:04

  13. のびーさん、レス有難うございます。
    私は、多くの方に影響され、迷いまくりながらオーディオを続けてきた人間で、だからこそ得たものもあり、失ったものもある気がします。
    他者と自分をあまり比べなくなってから、漸く楽しくなりました。
    マイペースで無理をせず、これからも続けて行きたいと思います。
    仰る通り、快適なことが最適解ですね。

    bytaketo at2022-07-11 23:13

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