パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

オラフソンのピアノ・リサイタル、時空を飛び超えてフランス近代音楽の源泉を辿る旅

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2019年12月08日

集中して音楽を楽しむ機会が取れずに欲求不満になっていた所に、現代音楽の室内楽の刺激を入れたらスッキリしたという良く分からない体験をしたことで、抑えていた欲求の関所に穴が開いてしまった様です。その翌日、無理やり時間を作って当日券を取って、職場の近くのコンサート会場に座っている自分に、呆れるしかありません。

オラフソン。確かに、前から気になっていたピアニストではありました。一年ほど前に聴いたバッハのこの録音は予想外に楽しいものでした。
その上、今回のプログラムのラモーにドビュッシーって、フランス音楽好きには誘惑が多い、そして、何故この組み合わせ?という好奇心をくすぐる怪しい魅力が一杯。おまけに職場から徒歩圏、携帯で呼び出されたら戻れば良いじゃないか(って、そっちは圏外ですから絶対に戻りませんが)と、言い訳も用意することも忘れません。


やはり、若手の長身男性ピアニストです。前の晩の現代音楽の弦楽四重奏とは年齢・男女構成が全く異なる華やかな紀尾井のホールを眺めている内に照明が暗転、演奏者が登場して、いきなりの宣言。「これから沢山の曲を弾くけど、全部で一つの作品として聴いて欲しいんだ。だから前半の拍手は最後だけにしてね」。はいはい、そうでしょうとも。17世紀生まれのラモーと、19-20世紀のドビュッシーを交互に挟んだプログラムには、演奏者の拘り、意図があるに決まっています。それを無粋な拍手・掛け声で台無しにして欲しくないのはその通り!

と期待が高まった所で、すとんと座っていきなりラモーが始まります。音の粒立ちと、残響の重なり合いが綺麗。純粋にピアノの音として引き込まれてしまいます。ラモーの鍵盤楽曲に感じる「優雅で軽やかな哀愁」とは異質の、「硬度の高い煌びやかさ」がホールの天井から降ってきます。でも作品の本質は外していないという不思議な感覚、それに魅了されていたら、いきなり和音が複雑な響きに転換。ラモーの最後の一音の響きに乗せる形でドビュッシーが始まったのです。面喰ったのはその一瞬だけ。ドビュッシー独特の「靄もやとした高湿度の響き」を吹き払ったかのような明晰さであるのに、やはりドビュッシーの音楽がそこに流れています。これまた不思議と思っていると、またラモーの簡素ではあっても滋味深い響きにいきなり戻って行きます。切り替わるたびに二百年の時の差を一気に飛び越える浮遊するような気分。それだけでは単なる企画でしかありませんが、これまで聴いたことが無い様なラモー、ドビュッシーがそこにいて、互いにその魅力を際立たせている印象があります。それを成り立たせているもう一つの要素は、その鮮やかではあるけれど自然な場面転換を演出するオラフソン独特の豊かな色彩と多様な響きの使い分けです。途中で拍手が入ればそれだけで消え去ってしまう魔法であることはその通り(実際、拍手が起きかけた時に、さっと手を上げて制したシーンもありました)。

休憩時間のロビーは、何時もよりも少し声高なやりとりが多かった様な気がしました。「あれはラモーじゃない、ドビュッシーの弾き方ではない」という声もちらほらと聞こえてきます。まあ、そうかもしれません。そういう感情的反応を引き起こしてくれるほど、刺激的で心に訴えてくる演奏であるという証拠とも言えるのかもと考えながら、後半の『展覧会の絵』を待ちました。

後半は、ドビュッシーの『ヒースの茂る荒れ地』から始まりました。次の曲が分かって聴いていたからでしょうか、何となくムソルグスキーを思い起こさせるような弾きぶりだなと感じます。そして、その最後の一音の残響の消え際を聴き取ろうというその瞬間に、途切れ目無しに、『展覧会の絵』の冒頭の『プロムナード』の最初の音が被ってきました。先ほどがフランス音楽の2世紀年の時間のジャンプでしたが、こちらはフランスからロシアへの空間移動?

そういえば、ムソルグスキーの和音を多用する作風が、ラヴェルやドビュッシーのフランス近代の作品に影響を与えたというような話を聞いたことがあります。更に、『展覧会の絵』の原典であるピアノ版を、ムソルグスキーの原典に即して演ずるのか、ラヴェルのオーケストラ編曲版のダイナミズムや色彩感が強く意識して絢爛に弾くのか、それは奏者によって異なりますが、今夜は完全に後者。それもオラフソンらしい輝きが随所にみられる好演奏(ちょっと強奏が続いて単調になっていた気もしますが)です。

やはりオラフソンのプログラムは、フランス近代音楽の源泉を時間と空間を超越して感じさせてくれる考え抜かれたものだった様です。でも、それを理屈だけではない、彼自身の音楽の表現として提示し、観客の心に訴えることができるのが、オラフソンという音楽家の稀有な才能なのかもしれません。

『キエフの大門』の壮大な響きでプログラムが終わると、これまでの我慢の反動もあってかの大拍手で会場は大盛り上がりでしたが、それに応えて演じられたアンコールは、冒頭に紹介した昨年のバッハの録音から、小品2曲。打って変わった静けさと、美しい響きが心に沁みるよう。やはり無理してでも来てよかったと思える二時間でありました。

一年前の日記でオラフソンを取り上げて、「才気あふれるピアニストが、この後、こういう外連味たっぷりの自己プロデュースをしながら今後も走るのか、それともその巧みさを繰り広げて見せるのは挨拶代わりで止めにして王道を進むのか、それによっても、彼のキャリアは大きく変わるという気がしなくもありません」なんて感想を書きました。この想いは今も変わらないとも言えますし、このままどこまで行くのか見てみたいという気にもなりかけているというのが、今宵の演奏会を聴いての偽らざる気持ちです。

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  1. パグ太郎さん
    はじめまして。おはようございます。

    オラフソンいいですね。『展覧会の絵』をはじめ、ぜひ生演奏で聴いてみたいです。

    フィリップ・グラスのピアノ・ワークスが愛聴盤でよく聴いていますが、バッハの Reworks も独特の世界観があって好きです。なお、

    https://www.sonoluminus.com/store/concurrence

    には、Haukur Tomasson のピアノコンチェルト No.2 が収められています。この曲の初演は、オラフソンです(上記は初演の収録ではないですが)。

    https://www.youtube.com/watch?v=NGlRZ_WQuH0

    の曲です。
    よかったら聴いてみて下さい。

    byきょや at2019-12-09 08:28

  2. きょやさん

    はじめまして。レス有難うございます。

    オラフソンのバッハの響きが独特で気に入っていました。あの響きでフランス物がどうなるのかと思ってコンサートに足を運んだのですが、独特のうつくしい世界を作り出して、ますます目が離せないと思いました。

    ご紹介頂いた、他の作品も聴いてみようと思います。

    byパグ太郎 at2019-12-09 21:30

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