パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

プティボンの久々の新録音はセルフイメージとの訣別か? 或いは赤毛のメリザンドが歌う「リラの花咲く頃」の幻聴について

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2020年03月07日

色々な作曲家の曲がセットになっている企画ものの録音を手にすると、何でこういう選曲なのだろうということをあれこれ考えてしまいます。終いには、曲の情景をつなぎ合わせて自分勝手に物語をでっちあげるだけでなく、それが波及して長々とした日記になって、ご迷惑をおかけしているのは自覚しているのですが・・・。

それだけで止まっていれば、実はまだ良い方で、このテーマでこの演奏家だったら、こういう曲ではなくて、こっちにしたら、もっと曲の魅力を打ち出したり、演奏家の才能を広げて見せたり出来るのに・・・、なんて脳内プロデューサー紛いの想像力が走り出してしまうこともあるのです。

今回は、パトリシア プティボンというフランスのソプラノ歌手の新録音を聴いている内に、そのような妄想の暴走が止められなくなったというお話です。

パトリシア プティボン。元々は、クリスティ指揮のフランスのバロック・オペラ(リュリ、シャルパンティエ、クープランとか)で名声を確立して、次に芸域をヘンデル、ハイドン、モーツァルトという古典オペラに広げたかと思ったら、そこから先はフランス近代のオペラや歌曲、イタリアオペラ、ドイツオペラ、スペイン歌曲、ラテン・アメリカと七つの海を制覇するような大活躍、ついにはR.シュトラウスやベルクといった20世紀初頭のウィーンまで自分の領土に取り込んでしまいました。その一方、ステージ上での芸達者振りも有名で、ベルエポックのキャバレーソングやシャンソンを唄わせれば、その赤毛の派手な出で立ちと相まって、笑いが絶えない楽しいコンサートが常に話題になっていたのです。
(彼女のイメージを一変させたのはこの作品でしたでしょうか)

その彼女、楽しいCDをグラモフォン(DG)から毎年のようにリリースしていたのですが、ここの所、新しい録音を聴かないなと思っていた所、レコード会社をソニーに変えて出してきたのがこの録音。なんと、七年ぶりなのだそうです。
今までソロアルバムを出す度に、毎回、全く異なる企画でファンを驚かせたり喜ばせていたりしていた彼女が、会社も変え、長い年月を空けて何を出してくるのか・・・。プログラムを知って逆の意味で驚きました。フォーレ、プーランク、アーン、サティのフランス近代歌曲を中心にするプログラムで、伴奏ピアニストはスーザン・マノフ。一方、七年も前の前回録音も、サティ、プーランク、アーン、フォーレのフランス近代歌曲集、ピアノ伴奏はやはりマノフ。アコーディオン、パーカッション等がアクセントとしてちりばめられている所もそっくり。まるで7年越しのシリーズもののようです。
(七年前の作品、この路線の頂点だった気がします。サティの『あなたが欲しいの』、レオ・フェレの『愛し合う時』、アーンの『クロリスに』、フォーレの『密やかに』、どれもコケッティッシュな色気と、どこか醒めたクールさが同居する表情が堪りません)

今回の作品で違うのは、スペイン歌曲、アイルランド民謡、レノン&ヨーコなどにも手を広げている所くらい? 会社としては、移籍第一弾は人気の鉄板メニューで売りを確保したかったのか、あるいは赤毛をなびかせて、常に新しい地平を切り開くエキセントリックな美女というファンの期待に応え続けるのが辛くなって空白の七年が生れたのか、なんてことを聴く前から色々と考えてしまいました。

そうは言っても、新作品には前作とは異なるコンセプトはあるようです。「愛と死と海」。フランス語でL’amour、La Mort、La Mer、全てL・M・Rの二音節の言葉で、きっとフランス人の語感の中でこの三つはつながっているのでしょうね。その世界につながる作品を並べているということですが、パリのボードヴィルショーを再現した様な前作でも満開だったプティボンのエンタテイナーの資質はこのコンセプトに適っているのでしょうか? あるいは、お馴染みの作曲家達を並べることは彼女の新しい船出に本当に相応しいことになっているの?

結論から言えば、全くの杞憂でした。前作とほとんど同じ作曲家を、同じ伴奏者達と演じながら、7年前のDG録音と全く異なるけれども、好一対になるような優れた作品に仕上がっていました。前作の大都会の歓楽街の「動」「明」「歓」を体現したような歌声が、一変して、寂れた海辺の「静」「暗」「愁」を描き出しているのです。やはりこの人は、歌の根っこにある世界を引き摺り出して、目の前に広げて見せる不思議な力を持っています。そして、この作品は前作に対する一つの答えでもあり、DGと共にプロデュースしてきた「陽気で明るいお茶目でエキセントリックな美女」という彼女自身のイメージとの訣別を意図していると、勝手に受け止めてしまいました。

ということで、プティボンの「愛と死と海」の世界を堪能し、自分勝手に「意図を受け止めた積り」になっていたのですが、そこからいつもの悪い癖がでてしまいました。

フランス歌曲で、「愛と死と海」といえば、ショーソンの『愛と海の詩』がすぐ頭に浮かびます(三つ目の単語の死も、この曲の第三部「愛の死」でしっかり登場します)。なんで、この曲を出してこないのか? ちょっと声質が軽すぎるので合わないのかも。そういえば、大好きなマリー・ニコル・ルミューがLa Merというタイトルのアルバムでショーソンのこの曲を昨年末に出したばかりで、衝突を避けた? 
(同時期に出てきたもう一つの海と愛と死)

もう一つ、「愛と死と海」と言えば、「トリスタンとイゾルデ」(ブルターニュの海辺が舞台)です。流石に彼女にワーグナーは無理だとしても、この曲のフランス圏対抗作品であれば、やはり海辺の城で愛と死が錯綜する「ペレアスとメリザンド」だってあるはず。DG時代のボードヴィルの歌姫のイメージを払拭するには、これくらいやってくれても良かったのでは? 

赤毛のメリザンドが歌う「リラの花咲くころ」(『愛と海の詩』の最終部)が聴きたくてたまらなくなってきました。

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  1. パグ太郎さん

    本当に、「何処からこのようなアーティスト達を見出してくるの??」と、フランス語圏の歌手では往年の名歌手クレスパン位しか頭に浮かばないような小生は、いつも驚嘆しながら日記を拝読しています。

    恥ずかしながら、このパトリシア プティボンという歌手の存在を初めて知りましたが、所属レーベルを変えたことで、7年間の沈黙から再び脚光を浴びたということでしょうから、次作がパグ太郎さんのプロデュース通りになると面白いでしょうね?

    by椀方 at2020-03-08 10:51

  2. 椀方さん

    レス有難うございました。

    そうなんです。フランス系ソプラノの理想像はクレスパンなんです。彼女の跡を継ぐ、色気と可愛げと迫力と声の良さと歌の巧さを兼ね備えた歌手を求め続けている結果が日頃の日記になっているだけかも知れません。実際には全てを充してくれる人には未だ出逢えておらずです。

    プチボンは可愛さ、コケティッシュさ、巧さでは良い線行っています。歳を重ねて声質も深くなって、こういう暗めの曲までカバーする様になってくると、迫力とか情念の方も近づいていけるかも知れません。でもクレスパン の様にワーグナーを歌うのは無理でしょうが、ショーソン、ドビュッシー は真面目に期待してます。

    byパグ太郎 at2020-03-08 14:07

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