パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

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パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
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    QUADRASPIRE QAVM
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    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

フィリャックのピアノでシューマン開眼かと思いきや・・・、或いは、作曲家の個性を上塗りしてしまう演奏家の個性について

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2020年03月12日

シューマンという作曲家、どうにも相性が悪いということはこの日記にも何回か書きました。あの和音の進み方がなんとも居心地が悪いのです。

人の認知能力というのは不思議で、和音が二つ並んだだけで、あの作曲家っぽいと感じることがありますよね。そこに、楽器編成などの音の色合い・配色が加わると、更にその人らしさがはっきりして来たりもします。旋律の流れ以上に、「和音の進行」と「音の配色」は作り手のスタンプの様に自己主張をしている様に感じるのです。でも、「らしさ=個性」があれば、そこには相性の良し悪しも出てくるわけで、自分にとってシューマンさんの「らしさ」はしっくりこず、あの和音の進み方と色の配合を聴いた途端に、何故か落ち着かない心持になるのです。

根っ子の所で作曲者との相性が悪いのだから、演奏者が変わってもこの関係は変わらないだろうと、長年諦めていて、シューマンの曲は録音ではスキップ、演奏会では休憩を決め込んできたのです。が、先日の日記で「霊力が宿っている様なリスト作品」と感じたマルティナ フィリャックのもう一枚のこの録音を聴いて、想定外の結果に驚くという事になったのです。
(バッハとスクリャービンを聴くつもりだったのですが、予想外にシューマンのピアノソナタ1番にハマりました)

「シューマンさん、あなたの音楽はこんなに情熱に溢れ刺激的だったのですね!」というのが、驚きの感想。各音節の表現の変化のつけ方が多種多様で、強弱のアクセントのつけ方、つなげ方・切り方、そのテンポの揺らし方などなど(一纏めで「アーティキュレーション」というらしいです)が、一つとして同じ形で繰り返されず、様々な顔つきで次々に現れてくる。そして、その表情に応じたピアノの音色の使い分けの多彩さと巧みさ。光の色合いが都度変化して煌めきながら、笑ったり、怒ったり、ふざけたり、泣いたり、走ったり、飛んだり、立ち止まったり・・・それを眺めているだけで飽きないし楽しい、気が付くとその流れに引き込まれてしまっています。

これは、今まで気になっていたシューマンの「和音の進行」と「音の配色」の良さが分かるようになったということかと勇み立ったのです。が、そうではなくて、これまで居心地の悪さになっていたことが意識されないほど、フィリャックのアーティキュレーションとかタッチの変化が作り出す表現の力が強かったということのようです。というのも、試しに他の演奏家(フィリャックの対極にいる様な完全に冷静沈着で飛びも跳ねもしないポリーニとか、その中間に居るアンスネスとか)で聴いてみるとシューマンらしさが出てきて、やはり駄目でした。
(やっぱり拒絶反応が出てしまったポリーニとアンスネス)

ということは、シューマンの個性を覆い隠してしまう様な、フィリャックの演奏の魅力を聴いていただけと考えるしかありません。まるで、グールドの演奏するゴールドベルク変奏曲はバッハの音楽を聴いているというより、グールドの表現力を聴いている(あの声も含めて)と感じることがありますが、それと同じなのかもしれません。でも、それは、ある意味凄いこと。

「これはこれでシューマンの表現としてあり」なのか、正統的なシューマン演奏からすると「こんなのはシューマンではない」なのか、お好きな方には伺ってみたいところではあります。折角、シューマン開眼かと思いましたが、積年の課題はそれほど甘いものではなさそうです。

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  1. パグ太郎さん

    私もクラシックの新譜はマメにチェックする方なのですが、パグ太郎さん紹介のアーティストは知らないことが多く、どこで見つけてくるんだろうと思っていました。
    マルティナ フィリャックをGoogleで検索してもヒットするのはパグ太郎さんの記事だけですし。
    アルファベットで検索するとAmazonミュージックにあったので、今、シューマン聴いてます。シューマンの和音の進み方が居心地悪いのはわかります。ピアノソナタ2番とかは、私もなんか落ち着かない気持ちになります。

    byみゅーふぁん at2020-03-13 00:22

  2. パグ太郎さん、

    こんにちは。

    シューマンはなぜか好きなのですが、ピアノソナタって聴いた記憶がありません。
    CDを探してみましたがやはり所有してないみたいです。
    (^^;)

    私があまりにも素人すぎるのかもしれませんが…
    子供の情景、クライスレリアーナ、ファンタジー、アラベスクなどは何枚かでてくるのですが…

    まずはどこかで試し聴きをしたいのですが、どうしたものか…考え中です。

    苦手の克服って簡単ではないですよね。
    別に嫌いなものを無理に好きになる必要はないと思います。

    でも、私は永年トラウマのせい(?)で聴くことがあまりなかったショパンがだんだん聴けるようになってきました。
    もしかするとこれって歳のせいかも、もうちょっとヤバい状態になってきたからかもなんて思ったりします。(笑)

    しょうもないコメントですみません。

    byK&K at2020-03-13 13:57

  3. みゅーふぁんさん

    レス有難うございました。

    >どこで見つけてくるんだろう

    検索された日記にも書きましたが、「どこから湧いてきたんだろう」というのが正直なところでして(笑)。日記にする録音の手前に、即処分という「また、やってしまった」作品の山が! 最近は定額配信で随分助かっています。

    苦手克服には面白い演奏だったものでつい書いてしまいました。

    byパグ太郎 at2020-03-13 21:18

  4. K&Kさん

    レス有難うございました。

    シューマンのピアノソナタって、それ程人気曲では無いのですね!? そんなことも知らずに聴いていました。でも、ポリーニで聴くと何処をどうとってもシューマンという曲ですのできっとお気に召すのではと。

    フィリャクについては、おそらく王道を外れているかと思いますので、いつか機会を設けて聴いていただき、是非ご評価をお伺いしたいです!

    byパグ太郎 at2020-03-13 21:28

  5. パグ太郎さん

    タイトルを見た瞬間、それって言うなればグールドのバッハ、、と思いつつ本文を読み進めたらグールドのゴールドベルグが登場して思わず頷いてしまいました。

    フィリャックというピアニストは知りませんでしたが、PCにデフォルトで導入されているSpotifyで検索したら同じアルバムが出てきたので早速聴いてみました。が、確かに自分のイメージの中にあるシューマンとは全然違う曲に聞こえます。試しに一曲目のバッハを聴いてみても、え?これがバッハ!? 衝撃を受けました。

    ちょっと聴きではこのフィリャックというピアニストの正体はとてもつかめそうもありません。週末じっくり聴いてみます。でも、シューマンといえば私にとってはボザールトリオ(古いですね)なので、馴染めるかどうか、、

    しかし、ほかの方も指摘されていますが、今回の投稿に限らず知らないミュージシャンを紹介してくださるのがとても興味深いです。

    by柳緑花紅 at2020-03-14 02:59

  6. 柳緑花紅さん

    レス有難うございました。

    グールド のバッハの部分に共感いただき、大変光栄です。この感想文の出発点は、フィリャクのシューマンはグールド のバッハ聴いている様なものかも?と思った所だったのです。

    そういう意味で一曲目のバッハは、リスト編曲版ですので、「リストの個性を聞いている様なもの」で、これがバッハ ?という衝撃を受けたのは私も同じでした。フィリャクを知るきっかけになったのはリストでしたので、このバッハもリストとして聞けば自然に受け止められましたが(笑)。

    一筋縄ではいかない演奏家見つけるとつい追っかけてみたくなるのは、本当に「悪食」です。

    byパグ太郎 at2020-03-14 06:50

  7. おはようございます

    ちょっとシューマンの話題からそれてしまいますが、フィリャクの演奏でソレール神父のソナタが聞けたので、聞いてみると、これもなかなかヴィヴィッドで良かったです。パグ太郎さんや柳緑花紅さんが話題にしておられるグールドのバッハの感じが伝わってきたような気がします。彼女のアーティキュレーションのセンスなのでしょうが、100曲以上もソナタを残したソレール神父の明るい楽想にはぴったりな印象を持ちました。蛇足ですがソレール神父から思い出したアーティストの演奏を久々に聞いてみたら、これもまた新鮮でした。
    やはりみなさんのレビューからインスピレーションを頂くと音楽を聞く幅が広がります。
    ご紹介ありがとうございました!

    byゲオルグ at2020-03-14 10:24

  8. ゲオルグさん

    レス有難うございました。フィリャクのまだまだ数少ない録音の中にソレールのソナタ集がナクソスから出ているのは気付いていましたが、気になりつつも聴けていませんでした。実はカタルーニャ好きのゲオルグさんがチェックしてくれないかしらとも勝手に思っていました。中々面白そうですね。ロマン主義以前の音楽でフィリャクはどういう世界を作り出すのか楽しみです。

    byパグ太郎 at2020-03-14 15:51

  9. パグ太郎さん 遅レス失礼いたします。

    シューマンのピアノ曲というのは、リズムもぎくしゃくと交錯させ、和声進行も複雑で、聴き手にとっても弾き手にとっても、とてもとっつきにくいところがあります。

    何か細かい無数の断片から、はからずも大きな音楽の紋様が浮かび上がってくる…というような、それがシューマンだと言う気がします。

    例えは悪いのですが、色覚異常検査のパターンのように、作曲者の意図通りであれば本来の音楽が浮かび上がってくる。どこかに障害があると音楽が浮かび上がらず、別のものに感じたり、紋様そのものが見えなくなるというように。

    以前、ポゴレリッチのリサイタルでのシューマンについて《木を見て森を見ず》というようなところがあって受け入れがたいというようなことを書きました。演奏者にとっても、細部のテクスチュアにこだわりすぎると、音楽が崩壊してしまう。そのことは、原田英代のリサイタルでも実感しました。

    だから技巧が強固なピアニストでないと、なかなかシューマンの音楽にならない。ポリーニは、全体像を意識せずにひたすらに正確なテクスチュアを刻んでいけば自ずと音楽の造形が浮かび上がる…そういう冷静な技巧のタイプ。

    最近の若手は、技巧派ですから、初めから音楽の情感的ストーリーを思い描いて細部を演繹的に刻んでいく。それは、音楽力が無いと、かえって逆効果で、とてもシューマンが平板でつまらなくなってしまう。そういう若いピアニストも経験しました。

    逆に音楽力があると、とてつもなく新鮮で面白く、情感豊かなシューマンになるということがあり得るのだと思います。シューマン嫌いのパグ太郎さんがあえて取り上げたのですから、このピアニストはそういうタイプの実力派若手なのですね。注目します。

    byベルウッド at2020-03-16 18:18

  10. ベルウッドさん

    レス有難うございました。
    私はどうにも目の前の和声にばかり耳がいって、シューマン の大きな音楽の姿をうまく認識できていない様です。正しく木を見て森を見ずですね。

    フィリャクが全体像から演繹的に細部の表現を選び取っているのか、表層的な技巧の積み上げに堕ちているのか、どちらなのでしょうね。全体認識を一度でも体験していると、どちらを言えるのでしょうが、その評価は皆様にお任せするしかなさそうです。唯一、明らかなのは、珍しく楽しめたシューマン体験だったという無責任な感想になってしまいました。

    byパグ太郎 at2020-03-17 08:36

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