ベルイマン
ベルイマン
2022/2/17 予定 ①調音材の左右のバランスの仕上げを先送りにしていたが、いったん完結させる。また②床の悪い音を出している箇所に皮か布を設置する。③リアをセッティングをやり直す。物理的設置とプリ…

マイルーム

マイシアター『象牙の塔』
マイシアター『象牙の塔』
持ち家(戸建) / 専用室 / オーディオ・シアター兼用ルーム / ~12畳 / 防音あり / スクリーン~120型 / ~4ch
私のシアターは、ずばり、「象牙の塔」‛la Tour d'ivore'と言います。 縦5438 x 横3593 x 高3329mmの約11畳の縦長。スピーカー4本、ユニバーサルプレイヤー、AVプ…
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    SPEC RSP-AZ1
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    ACOUSTIC REVIVE RAF-48
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日記

豊かなオーディオ

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2022年11月28日

オーディオ的な豊かさを得るのに光学円盤を回すことしかしない私は、クラシック音楽はSACDが良いと思っている。私のシステムに合うのはBlu-rayでもない。Blu-rayやUHDの音楽ソフトは大部分は映像が付いており、映像系を全てオフにする設定ができるので、そのようなピュアな再生をしても、再生音は鈍い。純粋なBlu-rayオーディオはずっと良いが、作品が少ない。やはりリマスターではなく、新しいDSD録音のSACDが1番私のシステムに合う。無論、サラウンドか2chかの話ではない。サラウンドか2chかに頓着しないならば、SACDに限定しても、クラシックに関しては選択肢は悪くない。


何かのレスで、ベルウッド氏がヴァレーズ(1883-1965)の『イオニザシオン』を教えてくれた。ブーレーズのディスクを紹介してくれたと思う。グラモフォンのCDを見つけた。買わなかった。マルチサラウンドミックスでなかったから。マリス・ヤンソンス&バイエルン放送交響楽団がECサイトの買い物かごに入ったままになっていたのをたまたま見つけて購入した。マルチサラウンドの入ったSACDを見つけたら、それを買おうと思ったまま放置していたのだった。つい数日前に届いたCDを聴いた。半信半疑ではあった。

このディスクはベルリオーズの『幻想交響曲』とカップリングされたただのCD。

『幻想交響曲』は約51分、『イオニザシオン』は6分半、都合1時間ほど聴き通した。実に面白いのである。いや、それ以上にCDの音に不満がないのだ。

『幻想交響曲』は普段RCOのガッティ指揮のものを聴いている。ガッティ&ロイヤルコンセルトヘボウは、私のシステムではヤンソンス&RCOよりも音質が良い。ヤンソンスがRCOと幸福な関係を築いていたのはSACDの最初の全盛期で、ガッティはその時から10年くらいのズレでやって来ては、文字通りcome & goする。その短い期間に生き急ぐようにディスクを発表する。白眉は、映像付きでしか残らなかった『春の祭典』ではなく、若い番号のもので途絶してしまったマーラーの交響曲チクルスだろう。ドラマチックで圧倒的なアーティキュレーションの指揮ぶりに、同時代に客演したヤンソンスの録音が不明瞭なものに思えてしまうほどなのだ。それでガッティの『幻想交響曲』であるが、ヴァイオリンの数を減らし、クリアーで籠らない描出を目指したようだ。だからオーディオ的再生音としては、美徳を美徳で磨きあげたようなものとなるはずである。

BRKのマリス・ヤンソンス指揮によるSACDは、私の聴いた範囲では、サン・ピエトロで挙行された第九ライブ、しかもその終楽章以外には心を動かされたことはない。しかし、この普通のCDの『幻想交響曲』の2楽章「舞踏会」を初めて悟ったような気になる。ガッティよりも厚い弦楽を鮮やかに楽想を表現する。例の「断頭台への行進」も死神のエクセキューショナーがカタカタ笑っているのか、断頭台で去勢された生首が転がる音なのか、圧倒的なリアリティーである。

本命だったヴァレーズの『イオニザシオン』も、ピンクフロイドのSACDマルチサラウンドばりに、ぐぐっとドラムの打撃の音像が高くつく。

SACDやらサラウンドのことは忘れさせてくれる非常に豊かなCDである。CDとかSACDとかいう客観的な基準を豊かさは超えるものだというのは当たり前だと人は言うかもしれないが、だとするとシステムの変化はどこに向かうべきなのか?



もう一枚紹介しておこう。クイケンファミリーのモーツァルト・ピアノ協奏曲11〜13番で、モーツァルト自身による室内学編曲版。マリー・クイケンが11、ヴェロニカ・クイケンが12と13でフォルテピアノ、ジキスヴァルト・クイケンが1st、サラ・クイケンが2ndヴァイオリン、他にヴィオラとコントラバスの1曲あたり5人による演奏だが、とても豊かな演奏で、8人くらいは音を出してそうな充実の音場である。通奏低音がコントラバス1本には思えないのだが、といって音像が曖昧ということもない。豊かに音楽の愉悦が部屋を満たしている。



こちらはハイブリッドSACDで、普通のCDとSACD2chとマルチサラウンドの3種類が入っているが、私はマルチサラウンドしか聴いていない。モーツァルトの愉悦をたっぷりと収録している高度な録音。このディスクのブックレットには40Hz以下を再現できるサブウーファーはこのレコーディングから最大限の恩恵を取り出しうるとしている。ラプティットバンドのビオールはかなり迫力があって楽しいが、もっと楽しくなるというのだろうか?それとも40Hz超が良くなるというのか、逆にね。まあそうなのかもしれないが、そんなことばかり言っている人の大半が、セッティングも清掃も知らない人たちで、そもそもそんな判別がつくようなシステムにも思えないんだなあ、金はかかっているのかもしれないが。実際に使用しているシステムを聴いてみても、サブウーファーの恩恵について言われているほどのサウンドを実体験したことがない。

豊かさとは何が約束するものなのだろうか。マニュアル通りにやることだ。間違いない。が、まともな思考ができるならば、すぐさま気づくだろう、この世のどこにもマニュアル通りが実在していないと。突きつめるならば、録音スタジオにすらないだろう。豊かさを何が約束するのか?

たしかに、オーディオの豊かな恩恵は、自分が愉しければそれで良いというような主張をする人は多い。奇妙なことに、こうしたことをオーディオに関して主張する人々に、生物学的解剖学的な思い込みを騙る人が多いように思えるのは、これまた一層の謎である。生物学的解剖学的な心理学とは、いかにもご都合主義のキマイラに思えるのだ。ナチスのやった人体測定学みたいなものだろう。

最低限、図と地の関係は崩さないことが重要ではあろうな。速く走るのに代謝と筋組織のことを知るのは役に立つのは認めるが、座学は走ることを代用しないし、主従の関係は明白である。そういうことを誤魔化しているから、聴いて、観ての体験の実質が枯渇しているのではないかと思う。都内某所のシステムで音楽を金を払って聴いたのだが、まったく苛立たしいものであった。まあ、これはまたにしよう。

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レス一覧

  1. ベルイマンさん

    ガッティ/RCOをコンセルトヘボウで聴いたのはマーラーの6番でした。

    https://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20141202/45262/

    圧倒的な名演で、ちょうどその日の午前中に「アンネ・フランクの家」を訪ねていたので、そこに思いが重なり合い大変な感動でした。残念だったのはホルンパートで、後で調べたらたまたま世代交代で全員が入団間もない若手で占められていたようです。もしかしたらそんなこともあってディスク化されなかったのかもしれませんね。

    ラ・プティット・バンドは、フィリアホールでバッハの管弦楽組曲を聴きました。

    https://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20140610/42888/

    こういう古楽を聴く楽しみは、古楽器の独特な音色と音域の効果で、低音域でいえばバス・ド・ヴィオロンとかヴィオローネなどの活躍です。生で聴くとその存在感にはっとさせられオーディオの聴き方でも覚醒するものがあります。

    ブックレットの言っている意味が私には今ひとつわからないのですが、サブウーファーというのは、そういう音色をスポイルしてしまうところがあります。上の帯域のユニットとのつながりが悪くなったり、音像や音響空間を歪めたりするからですが、それ以上に低域に特化強調するあまりそのものの発する低音がとても人工的で平板になってしまっていることがほとんどです。40Hzならその40Hzを越えると明らかに音が変わったり、サブウーファーの存在がわかってしまう。

    古楽器というのは、素朴だけに音程にも揺らぎが多く音色に個性が強い。それがかえって音楽に豊かさを与えてくれると思います。そのことになかなか気づかずにおられるオーディオファイルが多いのです。ことさらに計測的な性能と爆音・低音の効果ばかりを追求して、そのことでかえって音楽の豊かさから遠ざかっていることに気づいていない。

    2Hさんに紹介していただいた大木和音のクラブサン曲集などは、高域のパルシブな擦音もさることながら、弦と筐体が共鳴するような低音の音色と響きがとてもリアルです。なかなかこれをちゃんと再生するのは難しい。これだって低域の質が問われます。ムローヴァのベートーヴェンのガット弦とフォルテピアノもその音色再生能力が問われます。古楽器演奏の再生というのも、システム再生の試金石だという気がします。

    byベルウッド at2022-11-29 14:52

  2. ベルウッドさん、こんばんは。読みましたよ、鑑賞記2本、いや、4本というべきか!

    就任直前のガッティの6番を本拠地ですか、羨ましい。6番は私もちと文学性に欠けており、当時窓から聴こえてきたのかもしれない狂騒というイメージです。たぶんヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』の音楽担当(モーリスジャールという、『アラビアのロレンス』や『ドクトルジバゴ』なんかも手がけた方)も大いに意識したのだと思いますが、どうものめり込まない。が、熱い芸術性を高く感じさせる演奏だったのですね、ガッティの指揮は。アンネフランクの痕跡に触れてマーラーを聴くというのは、歴史のエモーションが交錯しそうですね。いやー、後期ヴィスコンティ、観直したくなってきました!

    クイケンたちなのですが、管弦楽組曲フルにブランデブルク5番っていうのも凄いですね。今回のモーツァルトのピアノ協奏曲集なのですが、ベルウッドさんのクイケン&バッハに対する鑑賞記をコピーしたくなるような風合いです。クイケンたちは実はSACDの到来と共に録音を多数発表していますが、いかんせん、渋いレーベルのようです。一回レーベルを変えています。バッハのカンタータを発表していく過程でレーベルを変えたようです。潰れたのかもしれませんね。少しずつ集めていこうと思っています。とても素晴らしい録音の仕方だと私は思います。私のシステムでは少し低音が張ります。今度、お伺いした時に聴かせてください。古楽が低音の試金石になるというのはまったく賛成です。

    byベルイマン at2022-11-29 20:21

  3. サブウーファーなのですが、ベルウッドさんの懸念されていることをPENTATONEも危惧しているようです。彼らはサンプラーの解説で書いています。”If this channel(LFE) is used during the recording, the main channels need to be filtered with carefully designed filters, to assure a flat uncolored response of the combined acoustic output of the SW and the main SP…. サブウーファーのフィルター、コントロールアンプのバスマネジメントのフィルター等、フィルターの重畳が生じる出力側の健全な予想ができないから、LFEのためのまともなフィルターをレコーディング時に用意することは不可能だから、初期設定ではLFEチャンネルはやめちゃいますが、どうしてもやりたきゃ勝手にやってくださいっていう感じでしょうか。金をかけて高額のSWを買って、その不具合を隠すためのフィルターにまたも金を出す。必ずフィルターが入るんですけどね、劣化はないし、出力の整合性は「簡単に」取れるというのが推進派の主張でしょう。劣化はあるが、気付いていないだけで、低音が分断された上で重畳されているし、メインSPのユニットと別の音を出しながらそこの陰で鳴ってますよね?というのが、アンチの主張でしょう。まあ、そのように言うと、そんなはずはない!SWの音量は絞っているから!って彼らは言うんでしょうね。金払って一生懸命に目立たないようにしているらしいです。

    どうもこういうことは音像定位と音場というものの感覚のあり方に繋がっているんじゃないかと私は思うのです。

    byベルイマン at2022-11-29 20:35