今はイヤースピーカー専業メーカー、STAXの現行のトップモデルです。

その評価についてはネット上でも語りつくされていると思うので、私なりの視点でこの機種の特徴を簡潔にあげてみますと、
①楽器(特に弦楽器)の音色表現が秀でている。
音色は、出音時のノイズ成分と、倍音を含む上音の成分比によって決定されます。特に弦楽器は豊富な倍音成分を含み、弦楽器の音色の描き分けがよくできる機種は、倍音に代表される微細な音信号の再現性がよいと判断できます。
STAXのイヤースピーカーはどれをとってもこの点が素晴らしく、この機種もその例に漏れず楽器の音色表現に卓抜なものを感じます。
②空間表現が秀でている。
空間表現を左右するファクターは多種多彩であり、直接音と間接音の比、周波数スペクトルの変化(高域の減衰)、音圧比等々はもちろん、録音方法・再生環境によってもいろいろと差が出る難しいところです。しかし空間表現を決定する音信号はいずれにせよ大変微細なものです。
この機種は他のSTAX機種と比較しても大変空間表現にすぐれており、スピーカーで再生するときに聴かれる立体的な音像を(箱庭化はしますが)見事に再現します。ヘッドホン特有のある種の閉塞感や、頭に音を流しこまれる感じが限りなく希薄です。
③低域が充実している。
オーケストラの適正な表現には質・量ともに低域が充実し、エネルギーのピラミッドバランスが正しく再現される必要があります。特に低域の作り上げる豊富な倍音は、その上に重なる楽器の基音・倍音と重なり、オーケストラ全体の響きの和声的統一感をつくる上で決定的な役割を果たします。低域が充実していないと、音響全体の和声的統一感が損なわれ、各楽器がバラバラで響いているような感じになります(ある意味、分離が良くなるわけですが)。
低域が充実している機種、分離がよい機種というのは本機以外にもいろいろ選択肢があります。ただし低域が充実しており、かつオーケストラの響きに統一感を生むほどの再生が可能なのは私の知る限りこの機種以外には思いつかず、特にこの点については賛美を惜しむ気にはなれません。
スピーカーで鳴らす場合、音質評価をするときの判断基準をどこに取るかは問題です。音質の判断基準は、普通はその人がそれまでに積み重ねてきた音楽・音響聴取の経験の蓄積が決め手になっていると思います。ただそれとは別に、自分の持っているソースを最短の経路で、特に部屋の音響特性に影響を受けない形で聴き取ることは有力な基準の一つとなります。
私の知る多くのヘッドホンの中には、モニター性能については申し分のないものを持っているものがいくつかあります。しかし生楽器、特にオーケストラを対象に、その音楽的意味も損なわずに聴き取ることができるものとなると、この機種以外にはないのではないかと思います。
この音とスピーカーの出音とを単純に比較することはできませんが、それでも音の判断の際にはリファレンスとして大変有用性を感じます。実際これと比較すると、私のスピーカー(C-2410→A-45→TC70X)の出音は個々の楽器の鮮明性や解像感にまだ課題を残していることが(残念ながら…)よく分かります。しかし、もちろんこれを使って音楽を楽しむのもOKです。以前のモデル(SR-007)と比べてもより一層響きが整頓されたように聴こえるこの機種は、特にクラシックを愛聴する人には留保なくお勧めできると思います。