SONY
VPL-VW1000ES
¥1,680,000(税込)
発売:2011年12月下旬
未完の大器
一か月半使ってみての感想をまとめておきたいと思います。現在ランプは約150時間です。
量産モデルを見て、正直なところ発売前のプリプロモデルを見た印象は参考にならないと思いました。私も異様に赤いシネマ2やクロストークを通り越して乱れる3D映像などを試聴会で体験し、大きく懸念しましたが、量産機ではちゃんと直っていました。購入を検討される方はしっかり量産機でご覧になることを強くお勧めします。
このモデルは世界初の家庭用4Kプロジェクターとして発売されたもので、4Kの解像度を持つSXRDデバイス、超高解像アップコンバートLSI、レンズなどを新規開発し、2000ルーメンの大光量ランプを使うなど、近年のホームシアター製品のトレンドである軽薄短小に逆行する、非常に(というか異様に)力の入った製品です。友人のソニー厚木関係者いわく、事業部長の思い入れ先行で開発されたプロダクトとのこと。プロジェクターとしては久しぶりに大きなインパクトを持つ製品と言えると思います。
4096x2160というDCI規格の4K解像度をネイティブに実現したことがこの製品の特徴の筆頭に挙げられると思いますが、その他にもやはりDCIの広色域を実現していること、超高精細のパネルを正確に配置する固着技術を採用したり、おなじみの可変アイリスと信号処理の組み合わせであるアドバンスドアイリス3によって実現した実に100万:1というコントラスト(デバイスのネイティブコントラストでも10,000:1以上と言われています)など、ハイエンド製品として充実した仕様を誇っています。
ビクターの(なんちゃって)4Kプロジェクターと比べると、ビクターの製品は時分割でフルHDのパネルをシフトし2倍の解像度を実現しているのに対し、このVPL-VW1000ESはネイティブ4Kの解像度によって、4K本来のフルHDの4倍の解像度を実現していることが大きな特徴です。一方でコントラストはビクターのネイティブコントラストに対し、ソニーは可変アイリスを使用しますが、それぞれ善し悪しがあります。個人的には全暗のシーンチェンジでスクリーンを見失うソニー(ビクターでは見失わない)にもレゾンデートルは十分にあると思いますが、ここでは優劣は語らないでおきます。
VPL-VW1000ESはモノとしては、大出力のランプや大口径のレンズの使用に伴い、本体重量は20Kgで最近の家庭用プロジェクターとしては相当大きく重くなっているので、設置には注意が必要です。冷却ファンの熱風は後部から排出され、ここからの光漏れも多少あるので、後部を壁にぴったりつける設置や、視聴位置の前に置く設置はできません。ソニーから発売されている天吊り金具は互換性は評価できるものの相変わらずの出来の悪い、ボールジョイントで金具の小さなネジに合わせてプロジェクターを持ち上げてやらなければならないというもの。ビクターの金具のように、スライドインしてからネジ止めし、左右と前後が異なる軸になっている方がはるかに設置調整がしやすいので、ソニーには改善を期待したいと思います。
肝心の画質ですが、VPL-VW1000ESはデフォルトで用意されている各種モードでは、必要以上に派手な映像を印象的な高解像度で見せる製品です。素人受けという意味では最高です。この製品のコンセプトはひょっとしたらデカいスクリーンを持つ無知な金持ちのためのオモチャなのかもしれません。それは悲しいことですが。
真剣に使いこなそうとすると、まずリファレンスの設定に追い込むのに非常に苦労します。この点、カラーメーターとPCを使用することでキャリブレーションをオートメーション化したJVCのX90Rとは対照的で、さらにこの製品のそれぞれのプリセットも色域やガンマカーブ、ホワイトバランスなど相当オフセットしており、そのまま使えるモードはありません。この価格帯の製品を買う人がキャリブレーションに興味がないとは思えないので、この仕様には疑問が残ります。発売前に銀座のソニービルで行われたデモの際に話を聞いたソニーの担当者によると、ハイエンドのホームシアターユーザーは調整をしないというフィードバックなのだそうですが、金持ちがポンと「一番良いやつ」と買うケースと、isfフル対応を期待する我々マニアが買うケースでは当然反応は異なるはずです。
実際、基本的に用意されている画質調整のためのパラメーターは非常にベーシックで、10万円台のプロジェクターでもこれ以上簡略化するのは難しいだろうというレベルです。正直商品の企画意図の理解に苦しむところです。この製品には9種類のピクチャープリセットがあり、そのうち4種類はシアターで使うことを想定してると思われますが、ひとつとしてビクターのTHXモード(や、かつてのパイオニアのディレクターモード)に相当するような、リファレンスの映像を忠実に映すものはありません。「リファレンス」という名前のモードでさえ、本来のD65のホワイトバランス、2.2のガンマ、BT709のカラースペースという基本からは大きく逸脱しています。広色域のDCIというカラースペースは、それを「正しく」生かすソースがなく現時点では使い道はありません。単にキセノンに対するメタルハライドランプのハンディがないことを強調したいがためなのでしょうか。
そしてここからブルーレイを観るためのリファレンスのセッティングに追い込もうとすると、難儀な旅が始まります。ソニーのプロジェクターにはPCからガンマカーブをRGB別に10-bit相当の1024ステップでコントロールできるソフトウェア「ImageDirector3」が付属していますが、これの使用は必須です。一方で、このソフトは作りが古く64-bit OS未対応(インストールもできない)で、ネットワーク経由の接続も怪しく、私の環境では結局動作させるのに、32-bit OSのPCと、USB-RS232Cコンバーター(プロジェクター側の端子はRS232C)を要しました。調整自体もメーカープリセットのどれかをスタートにする形で、ユーザープリセットはありません。このモデルをきちんとリファレンスの特性に追い込むには、それなりの機材と経験(と根気)を要します。
しかしこの苦労を乗り越えてキャリブレーションを終えた後にこのプロジェクターが見せる絵は未曾有と言って良いものです。全てのディティールをさらけ出す超高解像度とそれによる空気感、奥行き感の表現はこれまでに見たことのないものです。他の全てのプロジェクターがフォーカスが甘く見えてしまうような圧倒的なキレをこのプロジェクターは持っています。良く出来た映像のすみずみまでを味わい尽くす、イマイチの映像のすみずみまでをさらけ出す、映像のマニアはこのプロジェクターで見ることで、これまで見えなかったものが見えるという体験を多々すると思います。家庭における映像の原器という意味で、正しくキャリブレーションされたこのモデルに比肩するものは今日現在ないでしょう。3Dのクロストークも最小ですが、ここでは脇役ファクターに過ぎません。
4Kネイティブのソースがない現在、このプロジェクターの価値を云々する議論をしばしばみますが、映像制作業界ではピクセルはそのオリジナルを覚えているというのが定説です。DVD時代にHD収録のコンテンツがSD収録より高画質だったように、BDのキャパがHDだとしても4K収録のコンテンツは適切なアップコンのロジックを経て、オリジナルの4Kに近い映像を再生し得るのです。これまで見られなかった映像が見られるという意味で、この製品はエポックメイキングであり、常に最高のクオリティの製品を求め、これが買える人にとってはこの製品は現時点で最高のものと言えます。
一方で、HDMI規格の拡張がすでに議論されており、近々4K/60pまでの伝送規格が実現されそうな現在、無理をしてまで今日現在の最高の4K/24pまでしか対応できないこの製品を買うことにはリスクが伴うことも確かです。ICCなど4K技術が台頭するトレンドにのって規格が拡張され、この製品の後継機が発売されたら私は迷わず購入すると思いますが、その後継機は実は存在しないかもしれません。技術の正当な発展を願う消費者は、事象としての製品をつまみ食いするだけでなく、投資の意識をもって製品を選択するべき、というような思いを喚起するような、これはプロジェクターのマイルストーンと言って良い製品だと思います。
未完の大器と題したのは、本当の4Kコンテンツは我が家でこのプロジェクターでまだ見たことがないので、その経験がこの製品の評価を最終的に決定すると思い、そうしました。
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bybeat2555 at2012-02-26 21:46
おお、VPL-VW1000ESのすばらしく詳細で的確なリポートありがとう
ございます、まさに専門家以上ですねー。
VPL-VW1000ESのすべてが分った気分になりました。
蛇足ながら、当方がVPL-VW1000ES購入を断念して、
G90用に12月初旬に発注&支払をしたHiResolution CRT 3200×2560
はいまだ上がってきておりません。
まあ、そちらの方は気長に待ちますが、近々ショップで
量産化されたVPL-VW1000ES見て来ます!
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by元住ブレーメン at2012-02-28 01:00
私は、まぁ無理でしょうが、VPH-G90とVW1000ESをぜひサイドバイサイドで見たいと思いました。CRTは明るい部分の面積によってコントラスト比が変わる、ダイナミックアイリスと似た特性を持つので、このレベルではかみ合うのではと思われるからです。シャープネスやディティールでは最新の4Kアップコンを持つVW1000が有利でしょうし、明るさも全白で500LmのVPH-G90は2000lmのVW1000に対し分が悪いですが、階調トランジションや動態解像度はひょっとするとアナログのCRTが未だにサプライズを持っているかもしれません。一方でガンマカーブのコントロールやオーバースキャンはCRTでは難しいかもと思いました。
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【SPEC】●パネル:0.74型 SXRD、約 2,654万画素(8,847,360画素×3枚) ●レンズ:2.1倍ズームレンズ ●輝度:最大2,000ルーメン ●コントラスト比:最大1,000,000対1 ●入力端子:HDMI×2、コンポーネント×1、HD D-sub 15ピン、×1、REMOTE×1、IR×1、3Dシンクロ×1 ●ファンノイズ:約20dB ●外形寸法:520W×200H×640Dmm ●質量:約20kg